被害者が奪われる自由と自尊心
性加害者の多くは被害者や自らの加害行為に関する誤った認知を持っています。
「肌の露出が多い女性はレイプされることを望んでいる」「目が合う、手が触れるのは、相手にその気があるからだ」「出会い系に登録している女や風俗で働いている女は、何をしても構わない」といった考えです。
その根底には、「女性はモノのように扱ってもよい」とする男尊女卑的な価値観が根強く存在しているのです。

とある裁判で加害者は「痴漢されても(被害者の何かが)減るわけじゃないと思っていた」と発言し、これに対し裁判官は「何が減ると思いますか?」と問いかけていました。これもまた重要な指摘だと思います。
「減るもんじゃないし」という言葉に対して、被害者の側から見ると、多くの何かが「失われ」「奪われて」います。平和な日常や、公共の場所での安心感など、数え切れないものが損なわれています。
被害者は混雑する時間帯を避けたり、あえて通勤・通学路を遠回りしたり、自衛グッズを持ち歩いたりするなど、本来必要のない負担を強いられます。
さらには電車でどの席に座るか、どのような服装をするかなどにも気を配らざるをえなくなり、自由と自尊心が削られていくのです。これは人としての尊厳の侵害に他なりません。
行為依存としての性加害
さらに、反復的な痴漢行為などの性犯罪には行為依存としての側面もあります。痴漢をしている際、性的に興奮していると脳内報酬系から大量のドーパミンが分泌され、強烈な快感と記憶が脳に刻み込まれます。
これは薬物やアルコールなどの物質依存の神経生理学的メカニズムと共通していて、「やめたくてもやめられない」という状態を生み出す一因となっていると考えられています。
もちろん行為依存の側面があるからといって、「病気だからしかたない」という罪の免責にはなりません。性加害をした「原因」と自分が犯した罪の「責任」は分けて考えなくてはなりません。
加害者臨床の現場では、病理化する弊害として「病気だからしかたない」と捉えるのではなく、行為責任は明確にしたうえで、衝動制御障害の側面も重要視し、いわゆる「やめたくてもやめられない」という嗜癖(しへき)行動という視点で理解するとともに、プログラムに取り組むなかでそれらを認め、手放していくことで、やめ続けることができると考えています。

斉藤章佳
精神保健福祉士・社会福祉士。西川口榎本クリニック副院長。専門は加害者臨床で、現在までに3000人以上の性犯罪者の治療に関わる。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『「小児性愛」という病』(ブックマン社)、『セックス依存症』『子どもへの性加害』(ともに幻冬舎新書)、『男尊女卑依存症社会』(亜紀書房)などがある。