子どもの性被害はすぐに被害を認識できず、自覚するまでに時間がかかることがある。
では、もし自身の子どもが被害にあってしまったら、親は子どもの被害に気づくことができるのだろうか。
精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんの著書『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)から、子どものSOSの気づき方、性教育の重要性について一部抜粋・再編集して紹介する。
まずは日常のささいな違和感に注意
「うちの子は被害にあわないだろうか」と心配になる方もいるでしょう。
子どもは被害を被害と認識するまでに時間がかかります。
またグルーミングをされた場合、加害者から巧みに口止めをされたり、加害者に「嫌われたくない」と子どもが思っていたり、「自分が悪いのではないか」と罪悪感や自責感を抱いていることから、被害を言い出せずにいます。
そのため、被害の実態を保護者や周囲の大人がすぐに気づくのは難しい場合も多いです。
ここでは、子どものどのような変化に親や周囲の大人たちは気を配っておけばよいか、子どもの生活面における兆候やサインについて述べていきます。
この記事の画像(5枚)まだ子どもが被害に対して無自覚な段階では、スマホを閲覧する時間が長くなる、寝るまでパソコン操作をしている、オンラインゲームに耽溺している、家族と一緒にごはんを食べなくなる…など、日常のささいな違和感にまずは注意したいところです。
しかし、いくら心配だからといって、親が子どものスマホやパソコンの履歴をチェックするのは、子どもとの信頼関係を壊すおそれもあり、注意が必要です。
思春期が近づくにつれて、子どもが性的な興味関心を抱くこと自体は性別問わず当たり前のことです。
自分が子どもの頃を振り返っても、親から日記やノートを勝手に見られたら、反省よりも反発心や反抗心が先に立つのは、想像に難くないでしょう。
ルール決めや親子間での注意喚起
子どもの学年が上がれば上がるほど、親が「最近何かあったの?」「変わったことない?」と聞いても、子どもからは「別に」「さぁ」とはぐらかす答えしか返ってこないことも多々あると思います。
しかし、子どもの異変やSOSをいち早く察知するためにも、日常での親子間のコミュニケーションを確保しておくことが前提です。
具体的には、普段から「オンライン上には子どもを巧妙に誘う悪意のある大人がいる」ということを子どもに話しておくのも良策です。
SNSなら「見知らぬ人からのメッセージには返信しない」、オンラインゲームなら「知らない人からの有料アイテムやギフトは受け取らない」、さらに「いくら仲良くなってもひとりで直接会わない」など親子間でルールを決めておくことで、より具体的な防犯にもつながります。
また、「男の子が被害にあうことも少なくない」「ネットでは皆がターゲットになりうる」という点も親御さんの口から伝えられるとよいでしょう。
さらにグルーミングだけでなく、違法薬物や自殺、最近では詐欺や強盗の「闇バイト」などの違法行為を含めた有害な情報から子どもを守るためにも、スマホのフィルタリング機能は必須です。
またご家庭によっては、閲覧時間の制限をかける、親の前以外ではスマホには触らないなど、物理的な制限をかけるのも有効です。
「包括的性教育」が未来の被害者も加害者も生まない
子どもを性暴力の被害者にも加害者にもしないためには、家庭での性教育も視野に入れたいところです。
性教育と聞くと、「赤ちゃんはどこからくるの?」といった妊娠・出産や性交など生殖メカニズムについて教えるものだと思われがちですが、ここでいうのは、人間関係や性の多様性、ジェンダー平等、そして性暴力の防止、性的同意、情報リテラシーなどを含めた「包括的性教育」です。
人権を基盤に幅広く性を学んでいくものです。
日本でも2023年から、性暴力根絶を目指して文部科学省が推進する「生命(いのち)の安全教育」が全国の学校で本格的に実施されています。
たとえば、小学校低学年向けの教材では「水着でかくれる部分は、自分だけの大切なところで、ほかの人に見せたり、さわらせたりしないようにしよう」「同じように、ほかの人の水着でかくれる部分も大切で、見たり、さわったりしないようにしよう」など、プライベートゾーンの概念が取り上げられています。
中学生になれば、自分と相手を守る「距離感」や、デートDV、さらにSNSを通じた性暴力についても触れられています。
さらに高校生向けの教材では、性的同意やセクシュアルハラスメントの例や二次被害について言及されているほか、「避妊についても、相手の意思を確認・尊重しないことは性暴力にあたります」など明記されているのも画期的です。
もちろん、この「生命(いのち)の安全教育」には、性交についての記述がないことや、時間数や教える内容も現場に委ねられていることから有識者からの一定の指摘があります。
しかし、これらの知識を子どもたちが幼少期から段階的に学んでいけば、将来的には性暴力を減らせることが期待できます。
教材や動画は、文科省のウェブサイトで公開されているので、ぜひご家庭でも活用してみることをおすすめします。
「生命(いのち)の安全教育」は、正しい性教育を受ける機会がないまま大人になってしまった、私を含めた中高年にとってもいい「学び直し」の機会にもなるはずです。
「キスをしたから性交もしてよいわけではありません」「アルコール等により相手の意識がない状況では、同意を確認したことになりません」などの記述には、「嫌よ嫌よも好きのうち」の価値観を刷り込まれ、AVを性行為の教科書代わりにしてきた世代にとっては、ハッとするものだと思います。
斉藤章佳
精神保健福祉士・社会福祉士。大船榎本クリニック精神保健福祉部長。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、アルコール依存症をはじめギャンブル、薬物、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニア(窃盗症)などあらゆる依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在までに2500人以上の性犯罪者の治療に関わる