2025年8月18日、ノルウェー検察が発表した声明が、世界中の王室ファンを震撼させた。

メッテ=マリット皇太子妃の長男、マリウス・ボルグ・ホイビー氏がレイプを含む計32件の罪で正式に起訴されたのだ。有罪となれば、最長で10年の懲役刑が科される可能性がある。

ノルウェーのホーコン皇太子一家(右端がマリウス氏 2015年)
ノルウェーのホーコン皇太子一家(右端がマリウス氏 2015年)
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このニュースで王室への信頼は大きく揺らぎ、支持率は急落し、いまや「王室の廃止」を望む声すらも上がる事態となっている。前代未聞のスキャンダルに国民は深く傷つき、悲しみ、そして怒っている。いまノルウェーで何が起きているのか。王室を20年以上取材してきた現地記者に話を聞いた。

不可能を可能にした“ノルウェー社会の象徴”

マリウス氏は1997年1月、メッテ=マリット皇太子妃と当時の交際相手との間に生まれた。王位継承権は持たないが、2001年に母がホーコン皇太子と結婚したことで、一躍「王室の子ども」として注目を浴びるようになる。

メッテ=マリット皇太子妃と長男マリウス・ボルグ・ホイビー氏(2006年)
メッテ=マリット皇太子妃と長男マリウス・ボルグ・ホイビー氏(2006年)

幼少期の彼は、金髪に澄んだ青い瞳をもつ愛らしい存在として、王室行事に登場するたびに、メディアがこぞって取り上げた。

ノルウェー国営放送NRKの王室記者クリスティ・マリー・スクレーデ氏は次のように語る。

「美しく可愛らしい少年でした。母親の選択は皇太子が誰とでも結婚できる、近代的な君主制国家であるノルウェーの象徴でした。つまり、彼の存在は不可能だったことが突然可能になった『現代社会の象徴』だったんです」

「リトル・マリウス」という呼び名は新聞の見出しに頻繁に登場し、特集が組まれることもあった。国民は彼の成長を、自分たちの子どもの姿と重ね合わせ、温かく見守っていたのかもしれない。

“リトル・マリウス”の転機 国民に走った衝撃

しかし、マリウス氏の立場は複雑だった。王室の公的役割も王位継承権もない一方で、母が皇太子妃であるため常にメディアの注目を浴びてきたのだ。彼自身も、年を重ねるにつれ「自分は王子ではない」という現実と、メディアの期待とのギャップに苦しむようになったという。

長男マリウス氏を連れて母親メッテ=マリット皇太子妃がホーコン皇太子と結婚(2001年)
長男マリウス氏を連れて母親メッテ=マリット皇太子妃がホーコン皇太子と結婚(2001年)

2017年、20歳のときに彼は「民間人として生きたい」との意向を表明し、公の場から退いた。ノルウェー国民からすれば、王室のしがらみから解放され、好きな道を歩もうとする若者の姿に共感した国民もいただろう。

しかしその後は、自由な生き方の裏で、派手な交友関係や、薬物関連の報道が目立つようになる。それでも当時は、誰も彼が重大犯罪の容疑者、そして被告人になるとは想像していなかった。

転機となったのは2024年8月だった。マリウス氏は元交際相手に対する暴行の容疑で逮捕された。その後の捜査で、違法な盗撮などの新たな疑惑も浮上した。

「リトル・マリウスはもういないのか…」。
幼いころの姿を知る国民の多くは、そう思ったに違いない。

レイプを含む32件で起訴 ノルウェー皇太子「困難な事態」

そして今年8月18日、ノルウェー検察はついに起訴を決断した。
その内容は多くの国民に衝撃を与えた。

・レイプ(4件)
・元パートナーに対するドメスティック・バイオレンス
・脅迫
・交通違反
・その他の犯罪行為 

マリウス氏は合わせて32件の罪に問われたのだ。検察は「物的証拠も揃っている」と説明し、動画や写真の存在を明かした。一方、弁護側はレイプや暴行については無実を主張し、軽微な容疑の一部については、有罪を認める意向を示したという。

王室は起訴直後に声明を発表し、「この事件を審理し、決定を下すのは裁判所の判断に委ねられる」と司法判断を尊重する姿勢を示した。

ホーコン皇太子も起訴翌日にメディア取材に応じ、「この件は家族だけでなく関係者全員にとって挑戦的かつ、困難な事態です。今、どのような起訴がなされたのかは明らかになり、これからは法廷が判断を下すことになります。王室はこれまでどおりの責務を果たし続けます」と語った。

ノルウェー君主制のリアルと“リトル・マリウス”危機

ここで改めて、ノルウェー王室の位置づけに触れたい。
ノルウェーは君主制であり、王室は象徴的な存在として、国民との距離の近さや、質素で親しみやすいイメージを大切にしてきた。スクレーデ記者が語る。

「毎年、国王夫妻と皇太子夫妻は、ノルウェーの選ばれた地域を訪れ、人々が暮らす場所を訪れ、彼らの話を聞き、彼らの生活、彼らの生活の目的、そして彼らの生活の糧を自分たちの目で確かめるのです」

ノルウェー王宮
ノルウェー王宮

マリウス氏が起訴された後の8月下旬にも皇太子夫妻は、宮殿周辺の公園で200人の子供たちとフェイスペイントをして遊ぶなど、王室としての活動を続けている。
しかし、公に出れば、当然メディアの取材にも応じざるを得ない。

スクレーデ記者も皇太子夫妻に直接質問をぶつけた。

「何度か質問させていただきました。皇太子、皇太子妃、そして国王夫妻です。彼らは答えてくれましたが、あまり多くを語っていません。裁判のことやマリウス・ホイビー氏に対する容疑、あるいは、この事件への自身の関与については、一切コメントしていないということです」

「しかし、彼らは、この件が自分たちにとってどのような意味を持つのか、そして家族が長年マリウス・ホイビー氏を支えてきたことについては語ってくれています。ですから、私たちは彼らに質問をしてきましたし、これからもそうしていきます」

愛すべき象徴の転落…王室支持率は“過去最低”水準に

ノルウェー王室のスキャンダルは、これが初めてではない。
2019年には、ホーコン皇太子の姉・マーシャ王女がスピリチュアルヒーラーとの交際を公表し、その後、王室の肩書が商業利用されるのではないかとの批判が噴出した。

ある世論調査によると、2017年に81%だった王室支持率は、2024年9月までに、過去最低水準といわれる62%へと急落した。

マリウス氏の起訴を受けて、王室への風当たりは、さらに強まっている。タイムズ紙は「王室の評判に著しい影響を与えた」「国民の3分の1以上が王室を廃止すべきだと考えている可能性がある」と報じている。

王室の子どもたちは、その愛らしい姿によって王室の人気を高める役割を担ってきた。イギリス王室のジョージ王子やシャーロット王女もその好例である。

マリウス君を抱いて国民の前に登場したメッテ=マリット妃(2001年)
マリウス君を抱いて国民の前に登場したメッテ=マリット妃(2001年)

ノルウェーでも、マリウス氏の幼少期の写真や映像は、王室人気を高める重要な存在だった。かわいさは一種の「求心力の源泉」でもあったのだ。

だからこそ、今回の転落は衝撃的だった。
愛すべき象徴が、今や犯罪の象徴へと変わってしまったからである。

「個人の過ち」かそれとも…王室制度のあり方をも映し出す転落劇

今回の事件は、単なるスキャンダルではない。

「個人の過ちと王室制度をどう切り分けるべきか」という社会的な問いを私たちに突きつけている。マリウス氏は民間人である。しかし、彼が王室の一員として育った事実は消えない。

イングリド・アレクサンドラ王女誕生時のマリウス氏(右下 2004年)
イングリド・アレクサンドラ王女誕生時のマリウス氏(右下 2004年)

国民の感情は制度論だけでは割り切れない複雑さを帯びている。スクレーデ記者は次のように話す。

「一つだけ強調したいのは、彼が、レイプ容疑については無罪だと言っているということです。これは非常に重要です。なぜなら、皇太子は、公正な裁判を信じていると述べています。彼を裁くのは国民やメディア、私たちではありません。裁判所なのです」

マリウス・ボルグ・ホイビー氏(2015年)
マリウス・ボルグ・ホイビー氏(2015年)

裁判は2026年2月3日から6週間にわたって行われる予定だ。これまで明らかになっていないマリウス氏とその家族の個人情報も明るみに出るとみられ、世界中のメディアが大きく報じるとみられる。

この事件を通じて私たちが考えるべきは「王室とは何か」「制度は個人の影をどこまで抱え込むべきか」という問いである。

マリウス氏の転落劇は、王室制度そのものの在り方を映し出す鏡となっているのかもしれない。
(執筆:FNNロンドン支局長 髙島泰明)

髙島 泰明
髙島 泰明

FNNロンドン支局長
09年から警視庁、神奈川県警、厚生労働省、宮内庁を担当
東日本大震災では故郷・福島で放射能汚染や津波被害の取材に奔走
「めざましテレビ」から夜のニュース、選挙特番などでデスク、プロデューサーなどを経験
平昌・パリ五輪で現地取材、イット!「極ネタ!」演出も務める
愛犬家で「人と犬の幸せを育む」記事を書くことも大きなテーマ