理想は、クマ鈴をつける、手を叩く、笛を吹くなどして人間の存在を音で知らせ、「クマに避けてもらう」こと。しかし、ばったり遭遇してしまったら…。そんな時にクマ撃退スプレーは、心強い“最後の防御手段”となる。

クマの攻撃行動を約90%以上で止められるとされる「クマ撃退スプレー」。クマの目と鼻をめがけて、一気に噴射する(写真提供:知床財団)
クマの攻撃行動を約90%以上で止められるとされる「クマ撃退スプレー」。クマの目と鼻をめがけて、一気に噴射する(写真提供:知床財団)

クマに遭遇してしまったら、ゆっくり後ずさりしながらスプレーを準備する。使用できる距離は製品によって異なるが、クマ撃退スプレーの噴射距離の目安は約9.6m、有効射程距離は5~6mだ。そして安全装置を外し、有効射程距離に入ったら、クマの顔、とくに目と鼻の間を目がけて噴射する。

「動作そのものは単純ですが、実際の場面ではパニックに陥りやすい。レンタル時には空のスプレーをお渡しして、持ち方などを体験してもらいます。風向きも重要で、風下に立って使用しないように気を付けなければなりません」(山本さん)

巨大なヒグマが走って向かってくる場面で、冷静に構え、狙いを定めるには、事前の練習が必要不可欠であることは想像に難くない。

求められる基準整備

「スプレーは、EPAが認可した製品、もしくはそれに準ずる確かなものを選んでください」。藤村さんは強く訴える。

繰り返すが、日本にはまだ公的な認可制度がないため、性能の担保がない“もどき”が市場に紛れやすい。もし効かない製品が使われれば、命にかかわるだけでなく「本物の価値まで疑われる」ことを藤村さんは懸念する。だからこそ、EPA番号の確認と信頼できる販売ルートの選択が不可欠だ。

同時に、国や自治体がクマ撃退スプレーの基準を明確に定め、流通を規制する仕組みも急がれる。基準の空白が粗悪な選択肢を生み、現場の安全を損ないかねないからだ。適切な製品を安心して選べる環境を整えることは、人とクマとの距離を適切に保ち、双方を守るための現実的な安全対策となる。

『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)
『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)

風来堂(ふうらいどう)
旅、歴史、アウトドア、サブカルチャーが得意ジャンルの編集プロダクション。『クマから逃げのびた人々』、『日本クマ事件簿』(以上、三才ブックス)など、クマに関する書籍の編集制作や、雑誌・webメディアへの寄稿・企画協力も多数。

風来堂
風来堂

旅、歴史、アウトドア、サブカルチャーが得意ジャンルの編集プロダクション。『クマから逃げのびた人々』、『日本クマ事件簿』(以上、三才ブックス)など、クマに関する書籍の編集制作や、雑誌・webメディアへの寄稿・企画協力も多数。
ほか、編集制作を担当した近刊に『世界のお弁当とソトごはん』(岡根谷実里/三才ブックス)、『ニッポン秘境路線バスの旅』(交通新聞社)、『戦う山城50』、『カラーでよみがえる軍艦島』(以上、イースト・プレス)など。
『戦う山城50』(イースト・プレス)『おもしろ探訪 日本の城』(扶桑社文庫)など、代表の今田壮は「古城探訪家・今泉慎一」名義での歴史系著作も手がける。