理想は、クマ鈴をつける、手を叩く、笛を吹くなどして人間の存在を音で知らせ、「クマに避けてもらう」こと。しかし、ばったり遭遇してしまったら…。そんな時にクマ撃退スプレーは、心強い“最後の防御手段”となる。
クマに遭遇してしまったら、ゆっくり後ずさりしながらスプレーを準備する。使用できる距離は製品によって異なるが、クマ撃退スプレーの噴射距離の目安は約9.6m、有効射程距離は5~6mだ。そして安全装置を外し、有効射程距離に入ったら、クマの顔、とくに目と鼻の間を目がけて噴射する。
「動作そのものは単純ですが、実際の場面ではパニックに陥りやすい。レンタル時には空のスプレーをお渡しして、持ち方などを体験してもらいます。風向きも重要で、風下に立って使用しないように気を付けなければなりません」(山本さん)
巨大なヒグマが走って向かってくる場面で、冷静に構え、狙いを定めるには、事前の練習が必要不可欠であることは想像に難くない。
求められる基準整備
「スプレーは、EPAが認可した製品、もしくはそれに準ずる確かなものを選んでください」。藤村さんは強く訴える。
繰り返すが、日本にはまだ公的な認可制度がないため、性能の担保がない“もどき”が市場に紛れやすい。もし効かない製品が使われれば、命にかかわるだけでなく「本物の価値まで疑われる」ことを藤村さんは懸念する。だからこそ、EPA番号の確認と信頼できる販売ルートの選択が不可欠だ。
同時に、国や自治体がクマ撃退スプレーの基準を明確に定め、流通を規制する仕組みも急がれる。基準の空白が粗悪な選択肢を生み、現場の安全を損ないかねないからだ。適切な製品を安心して選べる環境を整えることは、人とクマとの距離を適切に保ち、双方を守るための現実的な安全対策となる。
風来堂(ふうらいどう)
旅、歴史、アウトドア、サブカルチャーが得意ジャンルの編集プロダクション。『クマから逃げのびた人々』、『日本クマ事件簿』(以上、三才ブックス)など、クマに関する書籍の編集制作や、雑誌・webメディアへの寄稿・企画協力も多数。
