「噴射を受けると、目や鼻、のどなどの粘膜が強く刺激されて焼けつくような痛みが生じ、呼吸がしづらくなります。私も誤って自分にかけてしまったことがありますが、痛みと熱感で数時間は目を開けられませんでした。ただし、天然の唐辛子由来のカプサイシンは非殺傷性なので、時間が経てば回復します。この非殺傷性という点はとても重要で、クマ撃退スプレーはそもそも、“クマを殺さずに人を守る”ための手段として開発されたんです」(藤村さん)

日本にはまだ公的な認可制度がないため、EPAの基準が実質的な世界標準になっているというクマ撃退スプレー。しかし通販サイトなどでは、1本数千円台のものや“手のひらサイズ”の商品など、クマに対する効果が確認されていない製品がクマ撃退スプレーとして販売されているのが現状だ。

では、どうすれば効果が担保された製品を見分けられるのか。

もっとも確実な方法は、EPAの登録番号が記載されているかどうかを確認することだ。

現地で借りる“安全の仕組み”

北海道・知床では旅行者や登山者のために、「クマ撃退スプレー(カウンターアソールト)」のレンタルが行われている。

スプレーは航空機への機内持ち込みや預けることができないため、利用者にとってはありがたい仕組みだろう。

クマ撃退スプレーのレンタルを行っている知床自然センター(写真提供:知床財団)
クマ撃退スプレーのレンタルを行っている知床自然センター(写真提供:知床財団)

「レンタルを始めたのは約20年前。当時は国内でも珍しかったと思います」と話すのは知床財団の山本幸さん。貸し出し本数は、2024年度の490件に対し、2025年度は11月22日時点で543件に達している。なお、8月の事故以降、いまだすべての登山道は閉鎖中だ。

貸し出し本数が伸びるなか、実際に使用された報告は、直近10年で1件のみという。


「風向きや距離などの詳細な状況は不明ですが、至近距離で接近したクマに少量噴射し、退いたという内容でした」(山本さん)

知床の現場が伝える正しい使い方

知床半島は長さ約70km、幅約20km。この範囲に400~500頭ものヒグマが生息しているとみられ、一帯は世界有数の高密度なヒグマ生息地として知られている。ルートや季節にもよるが、1回の登山で1頭は目にすることも珍しくない。

ツキノワグマ同様、ヒグマは基本的に臆病であり、人間を襲うことは極めて稀だ。

「私の感覚では、出会ったからといって必ず突進してくるわけではありません。もともとそういう性質はもっていない。ただし、至近距離で鉢合わせた場合は別で、状況次第です」(山本さん)

ヒグマとの“軋轢”を生まないためには、そもそも至近距離で遭遇しないことが大前提。山本さんは「早く気づき、距離を取る、冷静に対処することが何より重要」と強調する。