シリーズで伝える『くまもとニュースの深層』。10月に誕生した高市内閣の要・木原稔官房長官。初の臨時国会を終え、2025年12月18日に官邸で取材に応じ、熊本の今後の展望などについて取材した。
『総理の右腕』 木原稔官房長官
高市新内閣で官房長官に任命された木原稔さん。衆議院熊本1区選出でこれまで当選6回。総理補佐官や防衛大臣を務め、今回2度目の入閣だ。

熊本県選出の国会議員では園田直さん以来、約半世紀ぶりの官房長官就任となった。内閣官房長官は『総理の右腕』とも呼ばれる内閣の要で、高市総理は、自身が不在の時に臨時代理の筆頭に木原さんを指定するなど、政権の事実上ナンバー2のポストだ。

様々な事態に対する政府としての公式見解を発表する『スポークスマン』(政府報道官)としての役割を担い、平日は毎日2回、記者会見を実施、政府の政策や考え方などを国民に分かりやすく発信する。

この他にも、クマ被害対策など直近の課題に対応する複数の関係閣僚会議の議長を務めるほか、沖縄基地負担軽減担当大臣、拉致問題担当大臣など、長年の日本の課題に対しても先頭に立ち取り組む。

木原稔官房長官は「私が最後の拉致問題担当大臣になりたい、なるべきだと思う。全ての拉致被害者の1日も早い帰国を実現すべく、あらゆる手段を尽くして取り組んでいく」と述べている。
高市内閣初の臨時国会 補正予算成立
12月11日、補正予算案を審議する衆議院の予算委員会の最終日。午前9時過ぎ、木原官房長官が官邸に到着すると、すぐに番記者に囲まれる。その後、午前11時には、木原官房長官による午前の定例記者会見が始まる。

多くの記者からの幅広いテーマの質問に一つ一つ丁寧に答える姿が印象的だったが、会見を終えると、すぐに衆議院の予算委員会に出席。政府の経済対策の裏付けとなる、2025年度の補正予算案について、この日可決され、本会議へと緊急上程された。

そして午後5時から開かれた衆議院の本会議。子ども1人当たり2万円の給付や電気ガス料金の補助など、総額18兆3000億円あまりの補正予算案は与党の自民、維新のほか野党の国民や公明が賛成したことで可決し、この日無事、衆議院を通過した。

官房長官として初の臨時国会に臨み補正予算成立へ、大きな道筋をつけた木原さん。高市総理などと補正予算案に賛成した与野党各党へ挨拶に回り、慌ただしい一日を終えた。そして5日後、補正予算案は参議院でも可決され正式に成立。官房長官となって初めて58日間に及んだ臨時国会が、12月17日に閉会した。
木原稔官房長官にインタビュー
閉会翌日の12月18日、熊本のテレビ局を官邸に招き、記者会見を行った木原官房長官。激動の約2カ月間を振り返った。

まず、官房長官就任の際、高市総理からどのような言葉で伝えられ、どのような感想を持ったのか尋ねると。

木原稔官房長官:
1回目の総裁選の時に、私は高市選対本部の事務局長をしていた。その時結果は3位、決選投票にも残れず苦杯をなめた。高市総裁候補も私も大変悔しい思いをした。その時に高市総裁から声をかけられて『まだ私は諦めていないと。一緒に官邸に行こう』と言われた。今回の3回目の総裁選で総裁になった時に、『手伝って』と言われた。官房長官をやってくれとはその時言われていない、手伝ってと。その時点では総理になれるかどうか分からない。総裁が総理になれるように、お手伝い、そして総理になった後に速やかに政権運営できるように、手伝いをしていた

高市総理の右腕として日本の政治を動かす木原官房長官、ふるさと熊本への思いも忘れてはいない。

木原稔官房長官:
私が毎回記者会見で持っているこのバインダー、支援者から頂いたもので、名前とくまモンが入っている。これを持って毎日。
また今後の熊本については。

木原稔官房長官:
JASMが出来ました。その結果、雇用の増加、関連する投資の誘発で経済効果は数値として表れている。熊本は非常にいい先行モデルになった。こういう事例を全国に生み出していければいいと思う。国の成長戦略に地方が連携、協同する熊本モデルと思っているが、そういう役割をこれからも熊本には示してほしい。全国が『熊本を目指せ』と思ってもらえたらありがたい。
官房長官は総理の後継者候補とも言われるポスト。最後に将来の総理就任への思いを尋ねられると…。

木原稔官房長官:
私自身は高市内閣の官房長官、政府のスポークスマンの立場、内閣の要として、自らの職責を果たしていくということしか頭にない。とにかく高市総理を全力で支えたい、それだけ。
(テレビ熊本)
