「この日も別に緊張はなかったですね。ただナイトゲームだったので、その点は少しだけ気楽でした。でも、初見の相手なので、“どうなるのかな?”という感じでした」

3回にチェンジアップが抜けて死球を与えた。ピンチを広げてしまったことで2点を失った。しかし、3回裏に味方打線が一挙5点を奪い井川を援護する。

結局、この日は6回を投げて5安打2失点、三振は5つ奪い、待望のメジャー初勝利を挙げた。

試合後には「初球にストライクがとれてワンストライクから始められたのがよかった」と語ったように、打者23人に対し、19人から初球ストライクを奪ったことが勝因となった。

こだわった契約で起きた「誤解」

井川のグラブには「K Quest」と刺繍されている。「三振(K)を追い求める(Quest)」という意味である。この日はクエストの成果が出たのである。

待望の初勝利となったが、やはり井川は淡々としていた。

「まぁ、この日は勝ちましたけど、“ひと回り、ふた回り対戦してみないとわからないぞ”という思いは変わらなかったです。まぁ、勝つときもあれば、負けるときもある。“1年間投げてみて初めて手応えを得るんだろうな”という思いでした」

23日にはメジャー初黒星を喫したものの、28日にはボストン・レッドソックス戦で2勝目を挙げた。4月の防御率は6.08だったが、それでも2勝1敗で終えた。

初めて対戦する打者、初めての球場、何もかも初めて尽くしではあったが、井川には「慣れてくればきちんと対応できる」という確信めいたものがあった。

日本と同様、春先はベストの状態ではなくとも、夏場にかけてコンディションが上向くとともに結果を出し、年間を通じて帳尻が合うのが井川のスタイルだったからだ。

しかし、5月4日を最後にしばらくの間、登板機会を失ってしまう。マイナー落ちとなったからだ。メジャー契約であるにもかかわらず。

「僕もこのとき初めて知ったんですけど、僕の場合の《メジャー契約》というのは、“故障以外ではマイナーに落とさない”という契約ではなく、“マイナーに落としても、メジャーと同じ給料を支払うよ”という意味だったそうです。それはちょっと自分としても驚きました」

『海を渡る サムライの球跡(きゅうせき)』(扶桑社)
長谷川晶一
長谷川晶一