2023年11月に行われた米中首脳会談は、両国の関係改善に繋がるかを世界が注目し、1年以上途切れていた軍同士の対話の再開などで合意した。一方、国際的な関心とは別に、アメリカ国内で大きく報じられたのが、合成麻薬「フェンタニル」の原料を生産する企業の取り締まりでの合意だ。

米中首脳会談では軍同士の対話再開などで合意(2023年11月)
米中首脳会談では軍同士の対話再開などで合意(2023年11月)
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フェンタニルはアメリカ国内で違法に流通し、2021年には過剰摂取による死者が7万人を超えている。バイデン大統領も米中首脳会談後の会見では、「第1に…」として、フェンタニルの規制で合意できたことを強調するなど対策に躍起だ。米中首脳会談が行われたサンフランシスコでも、いわゆる「ゾンビ・タウン」と呼ばれる中毒者が集まる地域を取材してみると、その影響は深刻だった。

サンフランシスコ市内の「ゾンビ・タウン」の様子
サンフランシスコ市内の「ゾンビ・タウン」の様子

都市部の薬物中毒者の増加や、治安悪化への懸念は、野党・共和党がバイデン政権を批判するポイントになっていて、2024年大統領選挙の争点の1つにもなっている。

トランプ氏「麻薬の売人には死刑を導入する」

トランプ前大統領は12月17日にネバダ州で開いた演説会で、バイデン大統領を「IQが低く、我が国史上最悪の、最も無能で、最も腐敗した大統領だ」とこき下ろした上で、違法薬物のまん延や治安悪化に時間を割いて批判した。

「麻薬、犯罪者、ギャング、テロリストが記録的なレベルで我が国に流入している。彼らは我々の都市を乗っ取っている」

アメリカではメキシコとの国境からの不法移民が急増していて、3年連続で過去最多を更新。その数は250万人に迫る数となっている。トランプ氏は、この不法移民が、治安の悪化、違法薬物の流入を招いているとして、不法移民対策に寛容なバイデン政権を強く非難してきた。トランプ氏は、自身が大統領に返り咲けば「アメリカ史上最大の強制送還作戦」を実行すると述べた上で、「麻薬の売人に対して強力な死刑制度を導入する。売人は、その生涯で500人以上の死に責任がある。これが唯一有効な方法だ」とも訴えた。

トランプ氏は「麻薬の売人を死刑にする」と訴えた
トランプ氏は「麻薬の売人を死刑にする」と訴えた

また、国境や凶悪犯罪が起きている都市にアメリカ軍を出動させることも表明していて、大統領選挙でトランプ氏と共和党の候補者レースを走っているフロリダ州知事のデサンティス氏や、元国連大使のヘイリー氏といった候補者たちも同じような発言をし、バイデン政権との違いを際立たせる。

1日に約300人が薬物の過剰摂取で死亡

CDC(米国疾病予防管理センター)が発表した全米での薬物過剰摂取による死者は、2023年7月までの1年間で、推定11万1964人だ。新型コロナウイルスの感染拡大以降に急増し、2021年以降は10万人を超えるペースで、1日に約300人が死亡していることになる。

このうち、死因の大部分を占めるのが「フェンタニル」と呼ばれる薬物だ。「フェンタニル」は、がん患者の苦痛緩和などに用いる強力な鎮静剤で、合成オピオイドの一種だ。効果はヘロインの50倍、モルヒネの100倍ともいわれ、依存性も高く、致死量はたったの2mgだ。本来は合法的に医療用として使用されるが、違法に流通し、その流通経路は中国で原料を調達し、メキシコを経由してアメリカ国内に入るものが主流とされている。バイデン政権も度々、フェンタニルの密輸に関わったメキシコの麻薬カルテルに制裁を発動しているが、効果は乏しい。

違法な流通が問題になっているフェンタニル(写真:DEA)
違法な流通が問題になっているフェンタニル(写真:DEA)

合法のオピオイド鎮痛剤に偽装されて取引されることもあり、気付かずに使用するケースも多発している。アメリカ国内ではフェンタニルの拡大とともに、中毒者がゾンビの様にうなだれる姿から「ゾンビ・タウン」とも呼ばれる地域が生まれた。最近ではフェンタニルに違法薬物をさらに混ぜて販売もされるケースが増え、特に「トランク」「キシラジン」と呼ばれる鎮静剤が問題視されている。

フェンタニに混ぜる違法薬物も問題に(写真:カリフォルニア州公衆衛生局)
フェンタニに混ぜる違法薬物も問題に(写真:カリフォルニア州公衆衛生局)

「トランク」は動物用の強力な鎮静剤で本来、人には使用するものではなく、フェンタニルのほか、コカイン、ヘロインなどにも混ぜて使用されている。呼吸困難、危険な低血圧、心拍数の低下を招き、「ゾンビ化」の急増に拍車をかけていると警鐘が鳴らされている。

アメリカで大都市の「ゾンビ・タウン」化

アメリカ独立の舞台として知られる、ペンシルベニア州フィラデルフィアにあるケンジントン地区――。全米で最も有名な薬物中毒者が氾濫している地域の1つだ。地元紙は「アメリカで最も貧しい大都市で最も貧しい地域」とまで酷評している。ゾンビのようになった中毒者が通りの至るところにいて、白昼堂々と銃の乱射事件が起きる地域となってしまっている。

サンフランシスコ市内でも路上生活者が多く見られた
サンフランシスコ市内でも路上生活者が多く見られた

また、11月にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の会場となったカリフォルニア州のサンフランシスコは、ゴールデン・ゲート・ブリッジなどで知られる北米有数の大都市だが、ここにも「ゾンビ・タウン」が存在する。サンフランシスコは多くのIT企業の拠点だったが、新型コロナの感染拡大に伴うリモートワークの増加で、都市部が空洞化。

サンフランシスコ中心部では空き店舗が目立った
サンフランシスコ中心部では空き店舗が目立った

その影響から、小売店の撤退などが相次いだ。高級百貨店のノードストロームの店舗の撤退がその象徴的な出来事で、スターバックスも複数の店舗を閉店させた。仕事を失った労働者が路上生活者に転落した。

岸田首相が宿泊したホテル周辺にも大勢の路上生活者がいた
岸田首相が宿泊したホテル周辺にも大勢の路上生活者がいた

私が取材で訪れたのは、サンフランシスコの中心部にあり、観光地なども隣接する「テンダーロイン地区」という場所で、岸田首相ら日本政府関係者が宿泊したホテルから、たった2ブロック先だ。首相が宿泊したホテルの周辺にも大勢の路上生活者の姿が見られた。

異臭、薬物の吸引 ゾンビ化する人達

夜、テンダーロイン地区に向かうと、それまで多くの人が路上を行き交っていたのに、人の姿が一気に少なくなる。下水のような臭いが強く漂い、タバコとは違う煙とその臭いも至るところですることも相まって、雰囲気が一変する。

テンダーロイン地区に入ると空気が一変した
テンダーロイン地区に入ると空気が一変した

路上で生活する人達が所々で寝ていて、警察署の真向かいにも大勢の人の姿があった。周辺の住民に話を聞くと、警察がこの地域で何かしてくれることはほとんどないという。私の前を歩いていた男性は、長い木の棒をずっと手に持ち、時折、振り回していた。

男性が木の棒をもって徘徊していた
男性が木の棒をもって徘徊していた

さらに、何本か通りを歩いて地区の中心部に向かっていくと、急に前屈みになったまま、小刻みに揺れている人の姿が目に入った。隣には道にうつ伏せになって全く動かなくなる人もいた。これが「ゾンビ化」した薬物中毒者の状態のようだ。

薬物の影響からか、前屈みになって小刻みに揺れている人達が見受けられた
薬物の影響からか、前屈みになって小刻みに揺れている人達が見受けられた

交差点やスーパーの前でも、立ったまま動かなくなっている男性の姿。その付近には使用済みとみられる注射器が落ちているのを見つけた。

路上には使用済みとみられる注射器も
路上には使用済みとみられる注射器も

「毎日薬物を過剰摂取した人が運ばれていく」

サンフランシスコに住む人はこの街の現状をどう見ているのか。

中年の男性からは「危険というのは、メディアが少し誇張していると思う。ただ、以前よりも治安が悪くなっているのは確かで犯罪を減らす必要がある」と世の中が思っている以上には治安が悪くないとの声が聞かれた。

一方で、小売店が撤退した後の空き店舗の取材をしていた際に、「この地域は危険だからカメラとかを長い時間は外に出さない方が良い」と話しかけてきた近くの薬局で働く男性は、「車上荒らしや窃盗が多くて、もう誰も気にしていない。警察も気にしない。(君たちが取材している)このビルは、毎日、毎日、救急車が来て、1人か2人、薬物を過剰摂取した人を搬送している」と薬物のまん延と治安悪化への懸念を話してくれた。

「毎日、薬物の過剰摂取者が搬送される」と話してくれた男性
「毎日、薬物の過剰摂取者が搬送される」と話してくれた男性

また、行政への不満の声も聞かれた。特にサンフランシスコのあるカリフォルニア州では、「プロポジション47」と呼ばれる州法が可決され、950ドル以下(日本円で約14万円)以下の窃盗や略奪が「軽犯罪」となった。

カリフォルニア州では大規模な略奪事件も起きている
カリフォルニア州では大規模な略奪事件も起きている

そのため、警察も取り締まりには消極的となり、コンビニやブランドショップの店舗への集団窃盗事件も起きている。

大統領選挙「薬物と犯罪」が大きな争点の1つに

2024年のアメリカ大統領選挙は、1月15日に野党・共和党がアイオワ州で党員集会を開き、予備選挙がスタートする。

12月15日に発表されたハーバード大学の世論調査では、「この国が直面する最も重要な課題」との質問に対して、インフレに続いて、2位に移民問題(28%)、4位に薬物と犯罪(18%)との結果も出たほか、ロイター/イプソスの12月の調査でも、大統領選挙について、88%の回答者が「犯罪が投票先を決める重要な問題」と答えている。

市民からは警察への不信感も出ている
市民からは警察への不信感も出ている

ただ、トランプ氏が批判するような、不法移民や路上生活者が犯罪に手を染めているという主張は必ずしも当てはまらず、犯罪の増加もデータを見てみれば、過去の方が圧倒的に多い場合もある。実際の犯罪の件数に比べて、大都市部などで市民が体感する治安への不安が悪化している点が大きいとも指摘される。大都市部では、与党・民主党が選挙戦で優勢を保っていることもあり、大統領選挙をにらんでの野党・共和党がこの点を強く対立軸に挙げている点も否めない。

治安や違法薬物が大統領選の争点になっている
治安や違法薬物が大統領選の争点になっている

一方で深刻な違法薬物のまん延や凶悪犯罪は、地域住民にとっては生活の大きな課題である。今後、大統領選挙が進むにつれ、どのように議論が収斂されていくのかも重要になりそうだ。
(FNNワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。