「ブレグジット」からの混迷が続くイギリス政界

ご存知の方は多いと思うが、表題の“Brexit”=「ブレグジット」は“British”と“Exit”を合わせた造語で、イギリスのEU・ヨーロッパ連合からの離脱を意味する。元々は、イギリスの離脱前に財政危機に陥ったギリシャのEU離脱を表す“Grexit”=“Greek Exit”から派生した言葉である。ギリシャの場合は離脱するというより放逐される恐れがあったのだが、それをヨーロッパのある経済学者が“Grexit”と呼び始めたのが最初と聞いている。

2016年6月の国民投票でイギリスは僅差ながらも離脱を決め、その後もすったもんだし続けているが、結局、EUに別れを告げた。21世紀国際政治史上の一大事である。

EU離脱の瞬間、イギリス議会前には多くの人が集まった(2020年1月31日)
EU離脱の瞬間、イギリス議会前には多くの人が集まった(2020年1月31日)
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すったもんだの最たるものはイギリス政界の混迷かも知れない。国民投票時のキャメロン首相は直ちに辞任、後を継いだメイ首相はEUとの離脱合意を纏められず辞任に追い込まれた。その後のジョンソン政権はスキャンダルもあり任期半ばに倒れ、次のトラス政権は僅か50日さえももたなかった。現在はスナク政権である。7年の間にイギリスの政権は5回も変わったのである。しかし、それにも拘わらず、野党・労働党は政権を奪取出来ていない。この間、二度も総選挙があったのだが、こちらは離脱を望んだ労働党支持者達が大挙造反して保守党に票を投じたのが原因である。野党内も大混乱し立て直し切れていないのである。

くすぶり続ける分離・独立を望む声

こうした“Brexit”にまつわる混迷の中で、耳にするようになった言葉が他にも幾つかある。

例えば“Dis-United Kingdom”=「ディス-ユナイテッド・キングダム」である。前稿で触れたようにイギリス国の正式名称は“United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”=「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」、略して“United Kingdom”=“U.K.”=「連合王国」なのだが、これが“Dis-United”=「ディス-ユナイテッド」、瓦解してしまう恐れを示す言葉である。EU離脱反対派の方が多いスコットランドと北アイルランドには元々イギリスからの分離や独立を望む声が強い。スコットランド民族党の最近のスキャンダルのせいもあって現時点でそうなる可能性が高いとは全く言えないが、可能性はずっと燻っているのである。

スコットランド独立を求める市民のデモ(2020年1月、グラスゴー市内)
スコットランド独立を求める市民のデモ(2020年1月、グラスゴー市内)

また、”Hard Border”=「ハード・ボーダー」という言葉もある。直訳すれば「硬い境界」になるが、この言葉は英国領北アイルランド地方と南のアイルランド共和国の国境管理の在り方を指す言葉である。反対語は”Soft Border” =「ソフト・ボーダー」、現在の国境はこちらの”Soft”な状態になっている。

歴史的経緯にまで本稿で細かく立ち入るつもりは無いが、要するに”Hard Border”では普通の国境のように人や物の行き来をきちんと管理し、資格の無い人や各種基準を満たさない物は入れず、また、必要な関税を徴取する。しかし、”Soft Border”においては、こうした管理をせずに、人や物の往来を基本的に自由にさせるのである。

島国イギリスで唯一の“陸の国境”

EUを離脱したイギリスは島国で、他国との陸の国境は北アイルランド地方と南のアイルランド共和国の間にしか無い。単一市場を導入したEUにイギリスが加盟している間はこの唯一の陸の国境が”Soft Border”で全く問題無かったのだが、離脱した今もこの国境は”Soft”なままなのである。”Hard”に戻すとかつての北アイルランド紛争が再燃する恐れが高いからで、今でも北と南の往来は基本的に自由である。

イギリスとアイルランドの国境は陸続き
イギリスとアイルランドの国境は陸続き

しかし、そのままだと、EU加盟国とイギリスの間の唯一の陸の国境でもあるこの”Soft Border”を通じて、例えば不法移民や無関税・基準外の物品が流入してしまう。抜け道になってしまうのである。それをどう処理するかはイギリスにとってもアイルランドとEUにとっても頭痛の種なのである。

幸いな事に、最近、イギリスとEUはその処理の枠組みに合意したが、道半ばである。先行きに安閑とはしていられない。南北アイルランドの間に”Soft Border”を維持する代わりに、北アイルランドとイギリス本土の間に”Hard Border”的な管理を導入すると北アイルランドのプロテスタント系住民が反発するからでもある。これまた紛争再燃の火種になり得るのである。

バイデン大統領のルーツはアイルランド

先月4月にアイルランドを訪問したバイデン大統領はアイルランド語で”Ta me sa bhaile.”=「帰宅したよ」と言い喝采を浴びた。この紛争再燃の恐れは、アイルランド系移民の子孫であるアメリカのバイデン大統領が個人的にもこの問題に強い関心を持つ主たる理由でもある。そして、イギリス政府が下手を打つとアメリカとの関係もおかしくなる恐れがあるのだ。加えればアメリカにはアイルランド系住民が多く、政権が代わっても関心を持たなくなる可能性はほとんど無い。西側諸国の中に北アイルランド紛争再燃を望む国は無いと言って良い。

アイルランドの議会で演説したバイデン大統領は、アイルランド語で”Ta me sa bhaile.”=「帰宅したよ」と言って喝采を浴びた(4月13日、ダブリン)
アイルランドの議会で演説したバイデン大統領は、アイルランド語で”Ta me sa bhaile.”=「帰宅したよ」と言って喝采を浴びた(4月13日、ダブリン)

ロシアによるウクライナ侵攻によって西側各国の結束は強まっている。しかし、“Brexit”がもたらした混乱と諸問題は今後も国際政治の火種になり得るのである。

6回に亘った「GW集中連載;国際政治のキーワード」はこの稿で一旦終える。

未定だが、次は夏休みに集中連載することを検討している。

最後になるが、今回の短期集中連載に当たり、事実関係の再確認等で、FNNワシントン支局のシニア・プロデューサー、ピーター・ゴールド氏とロンドンのフリーランスTVプロデューサー、キャサリン・パーソンズ氏にご協力頂いた。多大なる感謝の意を表したい。

【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。