2025年、政治の世界において、この人ほど世間を騒がせた人はいないのではないだろうか?静岡県伊東市の前市長・田久保眞紀 氏だ。学歴詐称問題に端を発した半年にわたる騒動は、失職、そして市長選の落選で終止符が打たれたものの、いまだ説明責任を果たしていない。

すべての始まりは1通の告発文から

静岡市伊東市を半年にわたって揺るがした一連の騒動は、6月初旬に届いた1通の告発文から始まった。

「東洋大学卒ってなんだ!彼女は中退どころか、私は除籍であったと記憶している」

田久保眞紀 市長(当時)に浮上した学歴詐称問題。

田久保氏は5月の市長選に際して、報道機関へ提出した経歴調査票に「東洋大学法学部卒業」と記していたからだ。

田久保眞紀 氏
田久保眞紀 氏
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当初は告発文を怪文書と切り捨て、まともに取り合わなかった田久保氏。

ところが、大学側に問い合わせた結果、除籍であることが判明する。

本人によれば「大学を卒業していたと“勘違い”していた」という。

“卒業証書”をめぐる疑問

ただ、そこで浮かんだ疑問が田久保氏の所持する“卒業証書”とされる資料は何だったのか?という点だ。

田久保氏は問題が発覚した当初、“卒業証書”とされる資料を市議会の正副議長に見せていた。

とはいえ、通常、除籍となった人に卒業証書が発行されることなどあるはずがなく、後に東洋大学側も「卒業した者に、卒業証書を交付することとしており、卒業していない者に対して卒業証書を発行することはありません」との声明をホームページに掲載している。

それでも田久保氏は「本物」との姿勢を崩さず、代理人の福島正洋 弁護士も「あれが普通に考えて偽物とは思わない」と同調。

福島正洋 弁護士
福島正洋 弁護士

それどころか「一度卒業という扱いになって、なぜ除籍になっているのかは、きちんと事実関係に基づいて確認していかないと(いけない)」「卒業できていない人間に卒業証書を渡さないのは当然だと思うので、そこはきちんと(大学側が)確認するべき」などと田久保氏は東洋大学に責任を転嫁するかのような持論を展開し、結局、“卒業証書”とされる資料は公開されないまま今日に至っている。

押収拒絶権の行使は可能か

この“卒業証書”とされる資料をめぐっては、当初、公開しない理由として卒業アルバムや在籍期間証明書と共に検察へ提出することを挙げていた。

しかし、それすら実行に移されていない。

田久保氏は学歴詐称問題に関連して警察が複数の告発状を受理していることから、現在、捜査を受ける身であるが、福島弁護士は“卒業証書”とされる資料の差し押さえについて、7月の会見で刑事訴訟法第105条に規定された押収拒絶権を盾に「拒絶する方向になる」と述べている。

法律関係者の間でも解釈が分かれると言われる押収拒絶権。

改めて発言の真意や見解をたずねるべく福島弁護士に取材を申し込んだところ、応じてもらえることになった。

一連の騒動が起きた後、福島弁護士が単独インタビューに応じるのは初めてだ。

騒動後初 代理人弁護士を単独インタビュー

-田久保氏の卒業証書とされているものは、いまどこに?
福島正洋 弁護士:
それは前から言ってる通り、この事務所の金庫の中で保管しております

-ずっと変わらず?
福島正洋 弁護士:
変わらずですね。一度も出しておりません

-いま卒業証書以外に関連する資料で入っているもののは?
福島正洋 弁護士:
卒業アルバムを預かってましたね

-金庫の中を私たちに見せてもらうことは?
福島正洋 弁護士:
さすがにそれはね。見せてあげたいのは山々なんですけども、ちょっと難しいかと思います

-理由は?
福島正洋 弁護士:
単純に私にそれを預けてくれた依頼者ご本人の許可を得ていないからですね

-(卒業証書とされる資料はすでに)この世にないのでは?
福島正洋 弁護士:
それよく言われるんですよ。結構いろんな人がそう思ってるみたいで。ただ、それをやってしまうとさすがに弁護士倫理としては終わってしまいますので、私が例えば預かっていると言いながら実はもう持っていないとか、そういうことはもう断じてないということは申し上げたいと思います

-なぜ(卒業証書とされる資料を)出さないのか?
福島正洋 弁護士:
それは結構複雑ですね。いろんな観点から慎重に検討した結果、預かったまま私が「もう出さないで持ってましょう」ということになっているので、諸般の事情を考慮した結果としかちょっと言えないんですけども。あとは、時期によってもいろんなことがありましたので、例えば百条委員会が開催されるかどうかとか、あるいは市長が本当に自分から辞めるのかどうかとか、あるいは検察官に対して卒業証書を出すかどうかとか、いろんな場面が目まぐるしく移り変わっていく中で、その都度判断していったと。それで、結果的にいま私が持ったままになっているというのが一番正しい理解かと思います

インタビューに応じる福島正洋 弁護士
インタビューに応じる福島正洋 弁護士

-(卒業証書とされる資料を)出さない根拠は?
福島正洋 弁護士:
これは会見でも申し上げているんですけれども、刑事訴訟法第105条というところに「押収拒絶権」と、弁護士が依頼者から預かったものを、例えば捜査機関から「出してくださいね」と言われた時に、その押収を拒絶する権利が明記されていますので、この条文に従ってあえて出さないという結論・決断をしています

-田久保氏と協議した結果?
福島正洋 弁護士:
そうです

-(押収拒絶権における)秘密をどのように捉えているか?
福島正洋 弁護士:
これは諸説あるところではあるんですけども、一般的に秘密というと誰も見たことがない、知っていない、国家機密であったりとか、本当にいわゆる秘密というものを多分イメージすることは多いかと思うんですけども、もちろんそれが秘密に含まれることは当然として、この刑訴法105条が言うところの秘密というものは、もうちょっと幅の広い概念ということになってます。

例えば弁護士の事務所というのは多くの依頼者の方から預かったものがたくさんあるわけですよね。それは物理的に預かったものだけではなくて、例えば依頼者から聞き取った情報を紙にメモしたものであったりとか、あるいはメールで送られてきたものをデータの形であったりとか、あらゆる大勢の依頼者たちの秘密に該当するものがたくさん保管されているわけです。

そういう国家機密とか誰も知らない秘密というような厳密な意味の秘密ではなくて、その弁護士にものを預けたり、情報を授けたりする、依頼者から見て「これはちょっと弁護士さん、秘密にしといてほしいね」という風に思ってるようなものが、全部この105条の秘密に該当するという風に広く解釈されてます。これは別に私が言い張ってるだけではなくて、今の実務の通説だと理解しています。

やっぱり依頼者さんは弁護士に対して、ちょっとあまり話しづらいようなこととか、場合によっては自分にとって不利なことだったりとか、かなりプライベートな事情だったりとか、そういうセンシティブなものをたくさん弁護士に話さなければ事件が解決できないという事情がありますので、安心してそういう自分のいろんなことを弁護士に話すためには、自分が弁護士に伝えた情報がちゃんと秘密として守られるという保証がなければやっぱりならないはずなんですね。

その保証、私が話したセンシティブな情報をあの弁護士は頑として守ってくれるだろうと、そういう信頼を守るための法律、それがこの刑訴法105条ということになります

インタビューに応じる福島正洋 弁護士
インタビューに応じる福島正洋 弁護士

-田久保氏は福島弁護士に託したということか?
福島正洋 弁護士:
この件に関して言うと、そもそも卒業証書がこんな風に重大問題になるとは思ってなかったわけなので、その時期に預かったんですけども、それでもやっぱり渡した以上は私が頑として誰にも渡さないという信頼があってのことだと思います

-卒業証書とされる資料は正副議長に見せている。そもそも大学が発行する公式資料でもある。その観点から秘密と捉えることが難しい、考えづらいとも思うが?
福島正洋 弁護士:
卒業証書が一般的に作成されていて、同じものがたくさんあるという感覚はあると思うんですけれども、とは言っても本件、この事案に関する田久保さん宛の卒業証書は唯一無二のものであって、彼女が持っていたものであって。

ということであれば、それを依頼者から託されて預かってる以上は、他に一般的に卒業証書があるからと言ってやっぱり出せるものではない。先ほど言った通りの秘密に当たるものであることは間違いないと考えています。

あとは“チラ見せ”とか「19.2秒見せた」という説がありますけれども、仮に公開してしまっていて、もう当該卒業証書自体がもう幅広く流通しているだったりとか、あるいは裁判の証拠としても提出されていたりということであれば秘密性がなくなるということはあるかと思います。ただ、19.2秒とかチラ見せしたと言われてるこの時点で、もう秘密性が失われているってことはないと思います

-押収拒絶権の行使は権利の濫用との指摘もあるが?
福島正洋 弁護士:
よく言われるところで、私もちょっと不思議に思ってるんですけれども、条文上は確かにそう書いてあるんですよ。

ただ、そこは勘違いで、条文の立て付けは押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合はこの限りでないんですけれども、括弧書きがあって「被告人が本人である場合を除く」と書いてあるんですよね。つまり被疑者、被告人、いま疑われてる人が私にそのものを預けた本人である場合は、別にその人の利益を守るために持っていていいですよということです。

ここで言う本人は、条文の構造からして私にその情報を預けた本人という意味です。つまり、例えば私に何かものを委託する人がいて、別に被告人がいるとして、私にものを預けた人が「私の情報を別に公開していいですよ」「世の中に見せちゃっていいですよ」と言ってるにも関わらず、私が被告人の利益を守るために出さないというのはダメなんですよ、と。意外とそこが読み落とされていて、「権利の濫用なんじゃないですか」と言われる事例が多くて、ちょっと頭抱えてるんですけれど。

刑訴法105条の条文の規定上、本人が承諾した場合、あるいは押収拒絶をする私のやり方が被告人のためのみの場合、これは権利の濫用になるんです。

もう1回言うと、私にものを預けた本人が承諾してる場合、例えば、あなたが私にものを預けました。それで、あなたは「別に預けたものは秘密じゃないから公開していいですよ」と言ってる。「もうあげちゃっていいですよ」と言ってる。こういうケースもあるわけですよ。その場合に、私が頑としてでも(所有者とは別の)被告人を守るために出さないというのは、この法律の趣旨からしてもおかしいでしょうと。これは権利濫用という意味です。

括弧書きがあって、今の話を前提に「被告人が私に情報を与えた本人である場合は除かれますよ」と書いてあるんです。ということは、被告人本人が私に例えば卒業証書を預けた人です。それで、その人は「私に対して預けたその秘密を守ってほしい」と思ってます、と。こういうケースにおいて、預かった弁護士がこれを出さないということは別に権利の濫用にはなりませんよという条文の作り方はしてます

インタビューに応じる福島正洋 弁護士
インタビューに応じる福島正洋 弁護士

-(卒業証書とされる資料は)将来的にどのように扱う?
福島正洋 弁護士:
そこはまだ慎重に検討中です。例えばこれから捜査が進んだ中で、捜査機関が「出してください」と言ってくることは想定しています。まさか突然、何の前触れもなく、判例があることも前提としながら、この事務所にやってきて持って行ってしまうということはさすがにないと私は思っています。

ただ、捜査機関も必要とあれば「まず任意で出してください」と言ってくることは想定してます。その場合にどうするのかは、その段階で慎重に検討したいとは思ってます。私もいたずらに捜査機関とケンカしたいとは思っていません。なので、言われた時に慎重に検討するとしか今のところ答えられないです

-出さないということではないということか?
福島正洋 弁護士:
誰が何と言おうが、どういう形で来ようが、頑として出さないとまで突っ張ってはいないんですよ。とはいえ、万が一突然来たら拒否しますけどね

-捜査機関のやり方によるということか?
福島正洋 弁護士:
やり方もあるし、そこは1つ、穏便にということですかね

-仮に急に来て押収してしまったら?
福島正洋 弁護士:
確かにそうなんですよ。例えば、私がいない、絶対にいない時を狙って現れて、押収拒絶権を行使できないようにして、持って行ってしまうとか。

あと、もっと怖いこと、ある人に言われたのが、福島弁護士を何かの罪で捕まえておいて、押収拒絶できないようにしておくのが一番手っ取り早いとか、いろいろな考え方があるようですよ。確かにそういうことも可能性としてはないとは言えないですよね。

ただ、私としてはそこまで何というか同じ司法に生きるものとして、そこまでアンフェアなことはしないだろうという信頼を持って見ています

-敷地の中に入ることも許されないということになるのか?
福島正洋 弁護士:
要は捜索差し押さえ令状というものが普通出ますよね。押収するためには、差し押さえするためには、まず前提として捜索をするわけですよ。捜索をするということは結局ドカドカ中に入ってくるじゃないですか。

もちろん最初に(捜索差し押さえ)令状を示しますよね。その時に弁護士が適切に「令状見せてください」と。中に書いてあるもの「これは押収を拒絶します」「これは拒絶します」「これはありません」「これはもう出しました」という風に、1個1個見ていった結果、1つも捜索する必要がない、差し押さえるものがないとなった場合には、事務所への立ち入り自体が必要なくなるはずなんです。なので、法律上はもう立ち入りが許されなくなるというのはいまの通説のはずなんです。

それはもうさすがに前回のカルロス・ゴーン氏の弁護人の事務所に立ち入りの事件で捜査機関側がよくわかってるはずなので、そこまでいまはできないという風に私は考えてます。ただし、何パーセントか、割合・可能性は低いかもしれないけれど、ないとは言えないと思っています。

(差し押さえるものがない場合は)1歩も立ち入ることはできないはずですし、それでもし入ってきたら全面戦争じゃないですか。

-仮にそうなったらどうする?
福島正洋 弁護士:
変な話、それをやられちゃったら、こっちは弱いですから。下手に逆らうと公務執行妨害とかで捕まりますので。権力がそこまでしてきたら、やられちゃいますよね。ただ、もしそうなったら、おそらく全国の弁護士たちが立ち上がってくれますよ

インタビューに応じる福島正洋 弁護士
インタビューに応じる福島正洋 弁護士

-田久保氏は公人だった人物、失職後も公人を目指した人物として説明責任を果たすべきなのでは?
福島正洋 弁護士:
これはやっぱり私から答えない方がきっといいでしょうね。いろいろ思うところはあるんですけれど

-田久保氏は市長選への立候補表明会見で「慎重に対応するのは捜査機関への礼節」と表現していたが?
福島正洋 弁護士:
田久保さんが言う礼節と弁護士が言う礼節と違うと思うんですよね。私が言うのであれば、同じ土俵に乗っかった法律家同士、フェアにやりましょう、と。

私はちゃんと(刑訴法)105条の拒絶権を行使するけれども、他方で絶対に裏でどこかに無くしてしまったり、燃やしてしまったりとか、そういうことはしません。そこはフェアにやりましょういう意味の礼節だと思うんですけれど、ちょっと彼女はどういう言葉で、意味で言ったのかはわからないですね

-東洋大学を訴えることはしないのか?
福島正洋 弁護士:
そこも含めてまだ先の話じゃないですかね。闇雲に戦う相手を増やすのかどうかっていうのもあるし

-現在のところ警察側からの接触ややり取りは?
福島正洋 弁護士:
ないですね。いろいろ動いているし、周りの人から固めていくというのが普通じゃないですかね

テレビ静岡
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