シークレット・サービスから広まった略称「POTUS」

ここ数年の事だと思うが、テーマに掲げた“POTUS”と“SCOTUS”という言葉を、アメリカのニュースを原語でモニターしている読者なら記憶している方は多いと思う。いずれも頭文字を使った略語である。元々は隠語的に使われていた言葉という方が正確かも知れない。

筆者が“POTUS”という言葉を初めて耳にしたのは今世紀の初め頃、今のようにニュース用語として一般化する前の時代である。当時、ワシントン特派員としてホワイトハウスを担当していたのだが、報道担当官と地元の記者のやりとりの中に出て来たと記憶している。

種明かしをすれば「何だ、そういうことか」というレベルなのだが、“POTUS”は“President of the United States”、すなわち合衆国大統領の略語で、元来は大統領を警護するシークレット・サービスが使い始めた隠語だと現地スタッフが解説してくれた。もしかすると略語が大好きな軍部が使い始めたのが先かも知れないが、そこまでは確認していない。

厳密に言えば“President of The United States”には、それが唯一人しか存在しない現職の大統領を指す場合には、頭に更に”The”が付くのが正式らしいのだが、言語学的正確性を追求する力は筆者には無いのでこの点もやり過ごさせて頂く。ご都合主義との誹りを受けるかもしれないが、ご容赦願いたい。要するに、今、“POTUS”と言えば第46代のバイデン大統領を指すのである。

今、「POTUS」はバイデン大統領(President of The United States)
今、「POTUS」はバイデン大統領(President of The United States)
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実際、@potusはバイデン現大統領のツイッター・アカウント名で、@potus45はアーカイブとして保存されている前職の第45代トランプ大統領の旧ツイッター・アカウント名である。

現代のローマ皇帝とも称されるアメリカ大統領の権限は絶大である。国家元首にして行政府の長、軍の最高司令官であり、外交の総覧者でもある。大臣に当たる長官は元より、日本ならキャリア官僚が占める各省庁の幹部も大統領が指名する。上院の承認が必要な役職がほとんどだが、大統領は政府の官僚人事もほぼ牛耳っているのである。結果として、大統領が代わる度に連邦政府の人員も大幅に入れ替わる。故に、その時期、ワシントンでは引っ越し業者と不動産業者が大忙しとなる。

「SCOTUS」の権限も絶大

となれば“SCOTUS”は“Supreme Court of the United States”、アメリカの連邦最高裁判所の略語であることはお分かりになると思う。以前は”the Federal Supreme Court”と一般に言われていたように記憶するが、ここ数年は“SCOTUS”と呼ばれているようだ。“POTUS”もそうだが、その方が言葉として短いからだろう。特に新聞記事で言及する際には短い言葉が好まれる。少し注意しなければいけないのは、アメリカには各州にも“Supreme Court”、最高裁判所は存在することだ。混同してはいけない。“SCOTUS”は、最後に“US”と記されているように、アメリカ合衆国全体の最高裁を指すのである。

「SCOTUS」はアメリカの連邦最高裁判所(Supreme Court of the United States)
「SCOTUS」はアメリカの連邦最高裁判所(Supreme Court of the United States)

その“SCOTUS”の権限も絶大である。連邦議会が成立させた法律や大統領が打ち出した施策を憲法違反と断じ葬り去ることが出来るからである。過去の判例を引っ繰り返すことも出来る。訴訟社会のアメリカでは、“SCOTUS”の憲法判断を仰ぐ法廷闘争は多いのだ。具体例についてはいずれ触れる。

現在は9人の“SCOTUS”判事の任期に定めは無い。本人が引退を決めるか死亡した場合にしか代わらない。この為、次に欠員が生じた場合、保守派かリベラル派の、どんな判事を大統領が指名するか、それが上院で承認されるか否かを巡って、党派間の政治闘争に発展するのが近年では通例である。大統領選挙や連邦議会選挙の大きな争点にもなる。連邦最高裁判事の構成は内政の重大テーマなのだ。日本のケースとは大違いで、こうした事情を理解していなければアメリカの選挙戦のフォローは上手く出来ない。

「DOTUS」知ってたら超ワシントン通?

ただ、それだけではない。アメリカでは内外に拘わらず政治問題をテーマに会話が進められる機会に遭遇することが、ノンポリだらけの日本人には驚くほど多い。家庭や友人同士の茶話会、飲み会でもそういう場面に出くわし、君はどう思うかと意見を訊かれることも珍しくない。

外国人である日本人が、特にアメリカの内政問題について、いちいち自分の意見や賛否を表明する必要は無いのだが、いつまでも全く会話に付いていけないと一目置いて貰えるようになるのは難しい。政治家や政界関係者ばかりではなく、芸能人やスポーツ選手、ビジネス界の大物達が政治的な発信をしてニュースになるのは、それがアメリカの一般的な国民性だからと言っても良いくらいだ。各新聞が自分達の支持する候補を堂々と発表し、論陣を張るのも当たり前なのである。

“POTUS”と“SCOTUS”という本稿のテーマに沿って、結果的に、明確な三権分立制の政府を持つアメリカの行政府と司法府について簡単に触れることになった。となれば立法府である連邦議会は何と呼ばれるかと言えば“Congress”である。元々短いためか略語を聞いたことは無い。御存知のように上院と下院で構成される。こんな言い方をすると怒られるかもしれないが、議院内閣制を採用している日本やイギリスなどと違って、アメリカでは上院の方が“格上”と看做す向きも多いのが特徴かもしれない。

アメリカ連邦議会はCongress(元々短いためか略さない)
アメリカ連邦議会はCongress(元々短いためか略さない)

では“FLOTUS”は?

少し難しくなるが“SGOTUS”は?

お考えいただきたい。

因みに“DOTUS”、“COTUS”という略語も存在するらしい。既にご存知の方は相当なワシントン通と言えるだろう。

国際情勢ウォッチに欠かせない英語のキーワード

最新の国際情勢やそれに関する分析を詳しくチェックしようとするならば、英語の文書や記事を読み込むことは欠かせない作業になると言って良いと思う。これを全くやらない国際政治学者はほぼ居ないと断言して多分間違いないし、米欧の最新ニュースのフォローを専門にする国際記者も英語は全く駄目という人間は極めて少数派と言えるだろう。

G7の国々を見ても、世界最強国家とみなされるアメリカを始め、イギリス・カナダの3カ国は英語を公用語としているし、オーストラリア・ニュージーランド・アイルランドも同様である。EUやNATOの指導者や幹部で英語を母国語としない人々も、お国訛りは消えなくとも英語を流暢に操るのが普通である。

中国語やスペイン語を使う国や人々も多いが、英語で発信され世界で流通する情報の量と質・スピードは他を圧倒していると言っても過言ではない。好むか好まざるかに拘わらない。だからこそ、英語をある程度理解しないと、最新情報やオフレコでしか訊くことのできない裏話や見通しを自力で的確に掴むのは困難を極めるのである。自動翻訳機頼りではおぼつかない。そして、国際情勢をウォッチする為には、知らなければならない、或いは、知っていた方が良いキーワードが存在するのである。

本連載では、国際情勢・国際政治を理解する上で必要と思われる英語のキーワードをテーマに、堅苦しくなり過ぎないように雑文めいた蘊蓄話を展開していくつもりである。

次回、第2稿のテーマは“Electability”を予定している。

【答え】

FLOTUS:大統領夫人(First Lady of the United States )

「FLOTUS」は大統領夫人(First Lady of the United States )
「FLOTUS」は大統領夫人(First Lady of the United States )

SGOTUS:副大統領の夫(Second Gentleman of the United States)

「SGOTUS」は副大統領の夫(Second Gentleman of the United States)
「SGOTUS」は副大統領の夫(Second Gentleman of the United States)

DOTUS:大統領の愛犬(Dogs of the United States)猫ならCOTUS

「DOTUS」は大統領の愛犬(Dogs of the United States)猫なら「COTUS」
「DOTUS」は大統領の愛犬(Dogs of the United States)猫なら「COTUS」

【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】