複数形と単数形で意味がこんなに違う

“Women’s Rights”=ウィメンズ・ライツと“a Woman’s Right”=ア・ウーマンズ・ライト、日本語に訳せばどちらも“女性の権利”である。しかし、英語では複数形と単数形でその意味するところがかなり異なる。

日本語で“女性の権利”というと女性の権利全般を指し、男女平等の実現という文脈で使われることが殆どだと思う。アメリカでもヨーロッパでも同様だろう。しかし、その場合の英語に該当するのは複数形の“Women’s Rights”である。その“Women’s Rights”の中に“a Woman’s Right”も含まれるのだが、こちらはもっと限定的な意味で使われる。そして、文脈にもよるが、アメリカでは、この場合、”a Women’s Right to Choose ”=女性が選択する権利を指し、政治的・社会的大問題になる。

では何を選択するのか?そして、それは何を意味するのか?

それは妊娠した子供を産むか産まないかを女性が選択する権利を指す。もっと平たく言えば中絶する権利の事である。それは”Abortion Right”=中絶する権利とも呼ばれ、賛成派は”Pro-choice “( Person/Activist or Group) =選択容認(派)と言われる。反対派は” Anti-abortion“とか"Anti-choice"、”Pro-life ”=生命尊重(派)と呼ばれる。そして、賛成派がこれを女性が選択する権利の問題として論じるのに対し、反対派は生命の問題と捉える傾向にある。

選挙では大きな争点に

かつて支局の現地女性スタッフに「選挙で投票する際、私は“ Women’s Rights ”を基準に候補を選ぶ」と言われたことがある。当然ながら、この“Women’s Rights”には”a Women’s Right to Choose ”も含まれる。詰まるところ、彼女は中絶賛成派の政治家にしか投票しない、反対派には入れないと宣言したのだが、このような言葉を初めて聞かされた筆者は当時、幾分不可解な気持ちになったものである。日本で耳にすることなどあり得ない宣言だったからだ。

この中絶問題を巡ってアメリカでは賛成派・反対派共に声は大きく、リベラルの民主党には賛成派が、保守の共和党には反対派が圧倒的に多い。勿論、例外も居るが、どちらの意見を持つかは党派の色分けを決めるリトマス試験紙の一つになっていると言って過言ではない。前稿で触れた銃規制に対する考え方とこの中絶に対する考え方の違いはアメリカ社会を分断する大きな要因になっていて、選挙の度に大きな争点になるのである。日本では考えられない。

“Roe vs Wade”(ロー対ウェイド)と呼ばれる判例がある。1973年にアメリカの連邦最高裁(SCOTUS)が出した中絶の権利を容認する判例の事だが、それを去年22年の6月に今の連邦最高裁(SCOTUS)がひっくり返したのは彼の地では大変衝撃的なニュースとなった。日本でもかなり大きく報じられた。

当日、連邦最高裁判所前には多くの人が集まった(米・ワシントンDC、2022年6月24日)
当日、連邦最高裁判所前には多くの人が集まった(米・ワシントンDC、2022年6月24日)
この記事の画像(4枚)
「ロー対ウェイド」判決を覆す判断に、中絶反対派から歓声が上がった(米・ワシントンDC、2022年6月24日)
「ロー対ウェイド」判決を覆す判断に、中絶反対派から歓声が上がった(米・ワシントンDC、2022年6月24日)

トランプ前大統領時代の新規最高裁判事指名の結果、多数派となった保守派の判事達がこの“ Roe vs Wade ”を否定したのだが、それは同年11月の中間選挙に大きな影響を与えた。怒った多くの女性や若者が投票に出掛け、容認派の民主党候補に票を投じたのだ。そして、上下両院で保守の共和党が多数派を奪還するという戦前の予想を覆した。連邦判事の承認権を持つ上院では民主党が多数派を維持し、下院での共和党のリードも当初予想より小さくなった。

性的暴行で妊娠してしまった場合も…

望まぬ妊娠をしてしまった場合どうするのか…。大変深刻な問題であることに間違いないが、日本ではパートナーを含めた当事者達の問題と捉える向きが大多数だろう。しかし、アメリカでは必ずしもそうではない。性的暴行で妊娠してしまった場合でさえ中絶は許されないと考える宗教右派と呼ばれる人達がかなりいるのである。

第43代ジョージ・W・ブッシュ大統領(在任:2001年~2009年)
第43代ジョージ・W・ブッシュ大統領(在任:2001年~2009年)

思い出すのは第43代ブッシュ(子)大統領が誕生した2000年の選挙を取材していた時のことである。共和党保守本流の候補だったブッシュ氏はこの問題で何度か記者達に詰め寄られていたのだ。「貴方の娘さん達が暴行を受け妊娠してしまったら、貴方はどうする?」と。ブッシュ氏には双子の娘さんが居る。当時は十代だったように記憶している。中絶反対を公言していたブッシュ氏も「そのような仮定の質問には応えない」と逃げるのが常だった。

アメリカで暮らす場合やアメリカ政治をウォッチする場合、こうした事情を知っておく必要が絶対にあるのだが、日本人は個人としては深入りしない方が良いかもしれない。

“避妊”も女性の権利?

少し話は変わるが、中絶を“女性の権利”と捉えるとすると“避妊”も女性の権利、もしくは責任になるのかという疑問を抱いたことがある。プライバシーに深く関わるので突っ込んだ質問は避けて来たのだが、どうやら妊娠するかしないかを決めるのも“女性の権利”と捉える向きがアメリカに限らずヨーロッパでも多いようだ。これ自体は当然と言えば当然なのだが、妊娠を望まない場合には、男性側だけに任せるようなことはせず、女性が避妊用のピルを服用するのが一般的なのはこうした考えからも来ているらしい。

蛇足になるが、“ Feminist ”=フェミニストという言葉がある。日本では女性を尊重する人という意味合いで時に誉め言葉として使われることも多いが、英語ではもっと政治色が強い。女性の権利の拡大・確保を目指して行動・発言する活動家や積極的支持者を往々にして指す。そして、保守派を中心に一部の人々は皮肉もしくは非難の意を込めてこの言葉を使う。そうと知らずにこの言葉を気軽に使わない方が良い。

次稿はアメリカを離れ、英語の母国・イギリスの話を書くつもりである。

テーマは“England, Britain, and U.K. ”を予定している。

【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。