前世紀1990年代の昔の話だが、エルサレムを取材で訪れた際、現地の地図を目にした事がある。今にして思えば購入しておけば良かったのだが、その地図にはイスラエルという国家は記載されていなかった。現在のイスラエルに当たるエリアにはパレスチナという国家が描かれていた。パレスチナの人々の複雑な心情を映したものだったと思う。

イスラエル建国前はそういう時代もあったのだろうが、そのイスラエルが成立してから既におよそ75年が経過している。それにも拘らず、中東にはイスラエルの存在を快く思わないどころか忌み嫌う人が今もいる。例えば、イランの元大統領氏はかつてイスラエルを「拭い去る」とかイスラエルの崩壊は「神の約束であり、全世界の望みである」と発言したと伝えられている。しかし、世界に通用する筈もない。
パレスチナ人スタッフの涙
弊社の現地スタッフにパレスチナ人の男性がいた。彼は元々はクウェートで旅行代理店を営んでいたのだが、イラクのクウェート侵攻で全てを失い、西側メディアのコーディネーター業を始めた。温和で非常に優秀な頼りがいのある御仁だったが、ある時、珍しく己の不運を嘆いたことがある。そして、その場に居た人間がブラック・ジョークで「それは貴方がパレスチナ人だからだ」と言うと目に涙を浮かべながら大笑いした。その時の彼の心情を想像すると今も哀しい気持ちになる。筆者より年長のその彼は今はもう亡い。
我が身の不運を嘆き、イスラエルさえ無ければ…と一度たりとも考えたことのないパレスチナ人は少数派なのだろうと思う。

しかし、同時に、イスラエルの人々が自分達の国、安住の地に対する想いも充分以上に理解できる。長い苦難の歴史とホロコーストによる大量虐殺を経て、漸く勝ち取った自分達の国を失っても良いと考える人は当然ながら居ないだろう。彼等の生存権を否定することは、絶対に間違っている。
解決策はイスラエルとパレスチナの二国家の平和共存しかないのは自明である。しかし、その実現には非常に厳しいものがある。詳細をここで論じるつもりは無いが、問題は双方にあり非常に根深い。
ハマスは女性や子どもを拉致か
パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配し、そこから今回の大規模”サプライズ・アタック”を始めたハマスはイスラム教スンニ派の原理主義組織と見られ、日本政府やアメリカ政府などからはテロ組織の指定を受けている。攻撃開始初日だけで、少なくとも2000発以上といわれるロケット弾を発射し、戦闘部隊をイスラエル領内に侵入させ、一般市民を殺害したという。イスラエル側もガザ地区を空爆し、双方の死者は1100人以上に上っている。
さらに、ハマスは女性や子ども達を、一説には100人以上拉致して連行したと現地メディアは伝えている。また、イスラエル南部のフェス会場で、250人以上の遺体が見つかったとBBCなどは報じ始めている。まさにテロ行為以外の何物でもないと非難されて然るべきだろう。イスラエルの反撃は必然である。

今後はイスラエル側が地上軍を投入してガザ地区を制圧し、少なくともハマスの軍事部門を無力化しようとする可能性は高い。手をこまねいていたら、イスラエルのネタニヤフ政権はもたない。
既にネタニヤフ首相は国民に向け「長く困難な戦争」を予告し「戦争状態」に入ったと正式に宣言した。しかし、そうなると更に激しい戦闘が始まり、ハマス側は人質を人間の盾に使う恐れも出て来る。想像するだに恐ろしいことになっても不思議ではない。
公式にはハマスはイスラエルの抹殺を求めている訳ではないらしい。検索によれば、イスラエルが1967年以前の国境に戻り、賠償をしてパレスチナ難民の帰還を認めるよう彼等は求めているという。しかし、これをイスラエルが受け入れる可能性は現時点ではゼロと断言して間違いはない。特にパレスチナ難民の帰還を認めるとイスラエルという国家が全く違う国になってしまうからでもある。イスラエル側はユダヤ人国家を事実上抹殺しようとしていると考えても不思議ではない
ハマスの狙いは?
パレスチナ自治区はもう一つある。
そのヨルダン川西岸地区を実効支配し、ハマスとは対立するPLO・ファタハの態度ははっきりしない。ファタハにアラファト議長健在の頃の往年の力は見る影もない。

ハマスの”サプライズ・アタック”の最終的な狙いもはっきりしない。イスラエルとサウジアラビアの関係正常化の機運に水を差し、人質を使ってイスラエルに拘束されている自分達の仲間との交換に持ち込み、パレスチナ社会における主導権をファタハから完全に奪うのを狙っているのだろうとも思える。ただそれ以前に、イスラエルの反撃に耐え、組織が生き残る必要がある。が、その算段ははっきりしない。人質を使って地上軍の侵攻を思い止まらせようとしても時間稼ぎくらいしか出来ないだろう。

ハマスを支援しているイランの関りも現時点では不明だが、事と次第によってはイスラエルはイランにもいずれ報復する可能性がある。
報復と流血の連鎖はエスカレート必至、事態はそう簡単に収まりそうにない。
【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】