合衆国憲法修正第1条と第2条

文法的には”The”を付けて”the 1st Amendment”、“the 2nd Amendment”が正しいようだが、直訳すれば「最初の修正」と「二番目の修正」になる。ビジネス界や学術界でも契約書や論文の草案を推敲した時に出て来そうなありふれた表現のようにも思えるが、アメリカ政治と社会の有り様を語る場合には「合衆国憲法修正第1条」と「修正第2条」を指すキーワードになる。

そして、かい摘んで言えば「修正第1条」は信教・言論・出版・集会の自由と請願権を、「修正第2条」は武器保有権を広く定めている条文である。因みに修正条項は27条まである。(日本語訳と原文は末尾に掲載する)

アメリカの選挙戦は日本と大違い

アメリカ政界、特に選挙を取材していると、激戦区を中心にまるで洪水のような政治広告が嫌でも目に入って来る。候補者本人の売り込みは元より、敵対候補を非難するもの、特定の政治的争点に関わる意見広告がテレビや新聞、ネットに氾濫するのである。

こうした政治広告が公職選挙法で厳しく規制されている日本とは別世界のようである。逆に言えば日本の公職選挙法はアメリカでは言論の自由を制限する憲法違反と判断される可能性が高いと言えるかもしれない。加えれば、新聞が自分達の支持候補を堂々と宣言し、有権者に投票を呼び掛けるのもアメリカでは普通である。言論は自由なのである。不偏不党の精神とかけ離れていると言えばその通りである。

アメリカの選挙報道は“不偏不党の精神”からは程遠い…
アメリカの選挙報道は“不偏不党の精神”からは程遠い…
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そのアメリカにも広告資金の集め方や使い方にルールはあるし、広告が差別を助長すると見做されると袋叩きに遭う。名誉棄損に当たると判断されるととんでもない額の賠償を請求される恐れも強い。しかし、政治広告や意見広告そのものが禁じられることはない。何といっても憲法修正第1条が言論の自由を謳い、それが広く認められているからである。結果、アメリカの選挙では資金力がよりモノを言うことになる。特に大統領選挙に於いて何百億円もの資金が集められる所以である。

そして、我々日本人には全く理解できないことに、“銃保有の権利を侵害するな!”、“一層の銃規制に反対!”という趣旨の意見広告を目にすることもある。NRA・全米ライフル協会などが出しているのだが、これには修正第1条に加えて修正第2条が関わってくる。誰が何と言っても、そこに「国民が武器を保有し携行する権利は、侵してはならない。」と明記されているからだ。これを改正しない限り日本のような厳しい銃規制は夢物語で、仮に、万が一、そう出来たとしても、話は簡単に済みそうにないのである。

警察官も「家に銃がないと不安」

ワシントン駐在中に取材で知り合ったワシントンの警察官に尋ねたことがある。「こんなに銃が氾濫していたら職務遂行上困るのではないか?危なくてしょうがないだろう?」と。

回答は筆者の全く予想外のものだった。

「家に銃がないと不安で暮らしていられないよ」

元軍人のマッチョ警察官でさえ、護身用の銃が手元に無いと不安だと断じたのである。

AR-15というタイプの銃が存在する。その名前の由来を説明し始めると筆者の手に余るので割愛するが、Armalite Rifle Model 15の略で、ベトナム戦争中にアメリカ軍が使用し有名になったM-16という自動小銃と同類の軍用銃らしい。アメリカで頻発する乱射事件で使われることが多い大変危険な代物で、最近では今年3月末にテネシー州のナッシュビルで起きた小学校襲撃事件でも犯人が使用し、児童・教員6人を射殺したのは記憶に新しい。

アメリカ・テネシー州の小学校で28歳の女が銃を乱射、6人が死亡した(3月27日)
アメリカ・テネシー州の小学校で28歳の女が銃を乱射、6人が死亡した(3月27日)

そして、恐ろしい事に、ワシントン・ポスト紙の報道によれば、アメリカでは成人の20人に1人、およそ1,600万人がこのAR-15を1丁以上既に所有していると推定されるのだという。軍用自動小銃がベスト・セラーになってしまっているのだ。

アメリカでは成人の20人に1人が「AR-15」を所持か…
アメリカでは成人の20人に1人が「AR-15」を所持か…

自分達の安全を守るのに軍用銃が必要とは到底思えないが、彼の国ではその規制さえままならない。ごく一部の州で禁止されているだけで、連邦レベルには現在これといった規制は存在しない。それに、仮にこうしたタイプの軍用銃を所持禁止に将来出来たとしても1,600万人に破棄させるのは既に非常に難しい。もうそこまで蔓延してしまっているのである。

「悪いのは犯人であって銃ではない」

銃購入者全員の身元をチェックし、売買記録を保存するユニヴァーサル・バックグラウンド・チェックと呼ばれるルールも連邦レベルでは徹底されていない。個人間の売買やネット販売、それにガン・ショーと呼ばれる展示販売会でのチェックは義務ではないという。更に言えば、州レベルでは半数以上の州でそうしたルールは全く無いか無いに等しいらしい。

凄惨な乱射事件が起きるたびに銃規制強化が叫ばれるが…
凄惨な乱射事件が起きるたびに銃規制強化が叫ばれるが…

凄惨な乱射事件が起きる度に銃規制強化が叫ばれる。大雑把に言ってアメリカ国民の半数は規制強化に賛成している。しかし、それが実現しないのは、修正第2条がまず存在し、それが認める銃所有の権利に慣れ親しんでしまった少なからぬ数の国民が居るからである。更に、持っていないと枕を高くして眠れないという不安に駆られた国民、そして、銃の製造・販売で利益を上げるメーカー達の既得権益が存在するからである。

銃保有の権利支持者は「悪いのは犯人であって銃ではない」「凶悪事件を止めるのは銃を持った善良な人達だ」などと主張する。しかし、乱射事件が相次ぎ無辜の犠牲者が絶えないのは、哀しいかな、その根っこに憲法の規定があるのは紛れもない事実なのである。

次稿テーマは“Women’s Rightsとa Woman’s Right”を予定している。

【日本語訳・原文】合衆国憲法修正第1条と第2条

東京アメリカン・センターのウェブ・ページから拝借した日本語訳と原文は以下の通りである。

修正第1条 [信教・言論・出版・集会の自由、請願権] [1791年成立]
連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。

Amendment I
Congress shall make no law respecting an establishment of religion, or prohibiting the free exercise thereof; or abridging the freedom of speech, or of the press; or the right of the people peaceably to assemble, and to petition the Government for a redress of grievances.

修正第2条 [武器保有権] [1791年成立]
規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、侵してはならない。

Amendment II
A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.

【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。