全部「イギリス」ではあるけれど…

表題の“England”=「イングランド」、“Great Britain”=「グレートブリテン」、そして、“U.K.”=“United Kingdom”=「連合王国」は、現在のイギリス・英国を指すと言っても完全な間違いではない。しかし、厳密に言い始めると結構複雑になる。歴史的背景と民族的・地理的事情が絡んでくるからである。

同じ英国パスポートを持っていても…
同じ英国パスポートを持っていても…
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例えば、英国生まれの英国民、すなわち英国パスポート保持者に「君は英国人か?」と尋ねるつもりで「Englishか?」と問うて「イエス」という回答があるとは限らない。「私はスコットランド人=Scottishだ」とか「ウェールズ人=Welshだ」という返事が来ることもあるからだ。更に「アイルランド人=Irishだ」とか「北アイルランド人=Northern Irishだ」という返事に接することもある。他にもインド系英国人、パキスタン系英国人、中国系英国人などが居る。英国人を“English”と思ってしまう日本人も多いかもしれないが、Englishは民族的にはイングランド人だけを指すのである。

イギリスは「連合王国」
イギリスは「連合王国」

しかし、「君はブリティッシュ=Britishか?」と尋ねると大多数は「ノー」とは言わない筈である。「ノー」と言うのは多分「アイルランド人」である。何故、多分と書いたのかというと「北アイルランド人=Northern Irish」の中に自分は「ブリティッシュ=British」でもあると考える人も居るからである。詳しくはいずれ書くつもりだが、自分を「北アイルランド人=Northern Irishだ」と言う人は北アイルランド出身のプロテスタント系住民である。

国際大会でイングランドvsスコットランド

ラグビー好きの方ならご存知の国際大会に6カ国対抗戦とも呼ばれる大会がある。この6カ国は英語だと”Six Nations“で、イングランド・スコットランド・ウェールズ・アイルランド・フランス・イタリアで構成される。イングランドとスコットランド、ウェールズは単独の独立国家ではないので、この場合の”Six Nations“は厳密に言えば6民族対抗戦である。(民族対抗であるからラグビーのアイルランド代表チームには例えばイギリスの北アイルランド地方出身のアイルランド系選手も含まれる。南北アイルランド統一チームなのである。この点、サッカーと異なる。)

ラグビーの国際大会“Six Nations”参加チーム
ラグビーの国際大会“Six Nations”参加チーム

また、ラグビーにおいては“Britsh Lions”というチームが編成され、南半球の強豪国と試合をすることがある。“Britsh Lions”を構成するメンバーはイングランドとスコットランド、ウェールズ出身の選手達である。アイルランド代表選手は入らない。

更に例を挙げれば、イギリス国のパスポートは正式にはU.K. passportだが、一般にはBritish passportと呼ばれることも多い。しかし、“English passport”とは英語でも呼ばれることはない。英国の中央政府も正式にはU.K. governmentだが、British governmentと言われることも珍しくない。しかし、“English government”は存在しない。

イギリスの地図を見ると…

何故、こんなややこしいことになるかというと、地理から説明するのが分かりやすいかもしれない。

現在のイギリス・英国は、ヨーロッパ大陸の北西に位置するグレートブリテン島=”Great Britain”とその隣のアイルランド島北部の北アイルランド地方からなる。そして、グレートブリテン島はイングランド地方とスコットランド地方、ウェールズ地方からなる。それぞれの地域にはかつて別の王国が存在したが、力に優るイングランド王国が各地を征服したり、王位を継承して統合し、一つの国になったのである。(アイルランド島の南部は現在、アイルランド共和国である。)

だから、今に至るまで時が経っても、彼の国を日本では本来イングランドを意味する英国と呼ぶことになったと推測する。これが日本人に先入観を与え、正しい理解の邪魔をしているのだろうとも思う。しかし、イギリス・英国の正式名称は“United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland”=「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」、略して“U.K.”=「連合王国」である。“Great Britain”や”British“にアイルランドが入らない理由もお分かりいただけると思う。地理的にアイルランドは隣にある別の島だからである。“English”の本来の意味もイングランド語・イングランド人・イングランド地方の・イングランド風の、に過ぎない。それが各地を席捲したのであって、イコール「連合王国」全部の事ではない。

ただ、純粋に地理的な用語として“The British Isles”=「ブリテン諸島」もしくは「イギリス諸島」という言い方がある。こちらにはアイルランド共和国があるアイルランド島も含まれる。ややこしいのだ。

そして、融合が進んだ今も、各民族と民族意識は脈々と残っていて、細々とだが、それぞれの言語・スコットランド語やウェールズ語、アイルランド語も使われている。特にウェールズ語は、ウェールズ人口の20%近くが使うという。イングランド地方以外の地域には自治政府もある。更に言えば、北アイルランドではイギリスからの分離と南のアイルランド共和国との統一、スコットランドではイギリスからの独立を求める声が強く、これが様々な形で今も政治問題化しているのである。

今も残るアンチ・イングランド精神

ラグビーの話に戻る。

政治的にも経済的にも人口が圧倒的に多いイングランド地方が英国=連合王国の他の地方を圧倒していることは誰にも否定できない。サッカーも代表チームはスコットランドやウェールズ、北アイルランドよりイングランドがかなり強い。しかし、ラグビーとなると事情は異なる。ウェールズやスコットランド代表チームも強く、イングランドをしばしば破る。”Six Nations“の2023大会ではスコットランドがイングランドを破った。南北統一チームを作るアイルランドも非常に強い。23年大会で優勝したのはアイルランド代表チームである。そして、対イングランド戦となると彼らは燃える。サポーター達もだ。歴史的な背景があるからである。

対イングランド戦は選手もサポーターも燃える
対イングランド戦は選手もサポーターも燃える

自分達の代表チームがイングランド代表を破るとファンが大喜びするのは当然だろう。しかし、興味深いことにスコットランドやウェールズ、アイルランドのサポーター達の中には、イングランド代表チームの対戦相手を兎に角応援する人々も多い。同じ国家の選手達のチームなのだから対フランス戦や豪州戦、ニュージーランド戦ではイングランドを応援する筈と単純に思ってはいけない。同じ国の国民であるにもかかわらずイングランド代表チームが負けると喜ぶ人が少なくないのである。

かつて大英帝国の植民地だったオーストラリアとニュージーランドでも…
かつて大英帝国の植民地だったオーストラリアとニュージーランドでも…

かつて“British Empire”=「大英帝国」の植民地だった豪州やニュージーランドにもイングランドの負けを喜ぶ人は珍しくない。サッカーやクリケットでも似たようなものである。そこにはアンチ・イングランド精神が厳然と存在するのである。時と場合に依るが、闇雲にイングランドを応援すると空気が読めない奴と思われることがある。そう知っておいて損は無い。余談になるが「空気を読む」を彼の地では最近““read the room”と言うらしい。これも知っておいて損は無い。

民族や歴史が絡むと西側先進国・イギリス=連合王国の事情はとても複雑なのである。

次稿テーマは” Brexit, Dis-united Kingdom, and Hard Border“を予定している。

【執筆:フジテレビ解説委員 二関吉郎】

【地図イラスト:さいとうひさし】

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。