トランプ訴追検事が推進してきた刑事司法改革

「トランプ前大統領がニューヨークで 逮捕されない方法がある。トランプは地方検事の事務所へ出頭する道筋で窓を何枚か割ったり、何軒かの店で強盗をするか警察官を殴ればいいのだ。それで彼は直ちに釈放されるだろうから」

共和党保守派の論客として知られるリンゼー・グラム上院議員(サウス・カロライナ州選出)は、トランプ前大統領が刑事訴追されるという情報が広がった際にこうツイートした。

リンジー・グラム上院議員のツイート
リンジー・グラム上院議員のツイート
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トランプ前大統領を起訴したニューヨーク・マンハッタン地区担当のアルビン・ブラッグ地方検事は軽い犯罪の被疑者は勾留しないという方針を打ち出したことで知られており、トランプ前大統領が重大な犯罪でもないのにニューヨークへ出頭させて刑事訴追するのは前大統領の大統領選挙への出馬を妨害する「政治的目的」だと揶揄したのだ。

アルビン・ブラッグ地方検事
アルビン・ブラッグ地方検事

トランプ前大統領に対する34項目の起訴事実は現地時間4月4日にマンハッタン地区地方検事事務所から発表されたが、その中心的な容疑はこれまでも噂されていたポルノ女優ストーミー・ダニエルさんとの不倫関係をめぐって前大統領の顧問弁護士が13万ドルの口止め料を支払い、トランプ事務所がその支出を「弁護士費用」としていた「帳簿不実記載」の罪だ。

裁判所で無罪を主張したトランプ氏
裁判所で無罪を主張したトランプ氏

これについてテレビで解説していた米国の法律家の大方は米国の刑法上misdemeanorと呼ばれる軽犯罪の範疇に入ると解説していた。

軽微な犯罪では勾留しない新方針

その罪で前大統領を逮捕・起訴したブラッグ地方検事は民主党員で、刑事司法制度を進歩的に改革することを公約して一昨年11月の選挙に当選すると、「公平性と安全性を確立するために」と題したメモを地方検事事務所関係者に配布して新路線の執行を徹底させていた。

「私はハーレム(アフリカ系アメリカ人の街)で育ち、若い時から刑事司法制度の裏表を目の当たりにしてきました。21歳になるまでに頭に銃を突きつけられたこと6回あり、そのうち3回は警察官によるものでした。喉元にナイフを当てられたり、自動小銃を向けられたこともあります。家の戸口に殺人事件の被害者が放置されていたこともありました。成人になって家族の保釈金支払いもしました。また早朝に警察の令状担当者がやってきて拘置所から戻ってきていた愛する同居人が収監されるのも身近に目撃しました。昨年末、自宅から3街区以内で複数の銃乱射事件が発生した時、私は身の毛がよ立つような経験をしました。子供達と家へ帰る途中に事件現場で銃や無数の銃弾の薬莢が散乱しているのを目の当たりにしたのです」

ニューヨークのハーレム地区(アフリカ系アメリカ人街)
ニューヨークのハーレム地区(アフリカ系アメリカ人街)

「こうした経験から、私は安全性と公平性という表裏一体の目標に自分のキャリアを捧げてきました。このメモでは、この2つの目標を達成するために起訴、保釈、司法取引、判決に関する方針を示しています。データや私の個人的な経験から、投獄は重大な危害を伴う問題に限定することが私たちをより安全にしてくれることがわかります」

ブラッグ地方検事のメモはこう始まり、以下具体的に新たな刑事司法手続きの方針を示している。

●3オンス(約85グラム)以下の”少量”の大麻を売買する”軽微”な犯罪“(カッコは著者が記入)
●公共交通機関のただ乗り
●不法侵入
●逮捕への抵抗
●政府の行政に対する妨害
●売春

ブラッグ地方検事のメモ
ブラッグ地方検事のメモ

またメモは「公判前の被告人の勾留は極めて深刻なケースに限定したい」としており、未成年の被告人を成人の法廷で扱うことを制限する意向も示している。さらに保釈金についても、現金に代わって同額で無担保の債権を請求できる方針を述べている。

この結果、これまでマンハッタン地区で「felony(重大犯罪)」とされていた事件の52%が「misdemeanor(軽犯罪)」に格下げされ、その軽犯罪の有罪率も29%と大幅に減った。

昨年7月に強盗事件に関わった少年を保釈金なしに釈放したが、その3日後少年は地下鉄の駅で警察官を襲う事件を起こし、ブラッグ地方検事の新方針ニューヨーク中心街の治安が悪化したと言われるようになっていた。

こうした中で行われたトランプ前大統領の逮捕・起訴手続きの後同前大統領の弁護士のジョー・タコピナ氏は報道陣にこう言った。

「これがドナルド・トランプでなければ、犯罪にはなっていなかったはずだ」

トランプ氏と不倫関係にあったとされるストーミー・ダニエルズさん(2018年)
トランプ氏と不倫関係にあったとされるストーミー・ダニエルズさん(2018年)

そうした折もおり、同じ4日刑事裁判とは別の巡回控訴裁判所がトランプ前大統領の不倫相手とされたダニエル嬢に12万ドル支払うよう命令した。ダニエル嬢はトランプ前大統領を「名誉毀損」で訴え敗訴し、トランプ側の裁判費用も負担するよう命令されていたのだが、支払いを怠っていたのだ。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。