習近平首席は「豚を装って虎を食った」のか?

中国政界を揺るがす異変をめぐり今、内外で憶測が乱れ飛んでいる。

習近平の軍幹部粛清をめぐって憶測乱れ飛ぶ

発端は、習近平国家主席が人民解放軍の最高幹部クラス2人を事実上粛清したと伝えられた一件だ。

“重大規律違反”で調査された中央軍事委員会副主席の張又侠氏と参謀長の劉振立氏
“重大規律違反”で調査された中央軍事委員会副主席の張又侠氏と参謀長の劉振立氏
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公式には「党の規律違反」という常套(じょうとう)句が用いられたが、その説明の簡潔さとは裏腹に、背景をめぐっては、さまざまな解釈が噴出している。

核情報漏えいで「党規律違反では軽すぎる」?

とりわけ注目を集めたのは、米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」の報道である。同紙は、失脚した軍幹部の一人である張又侠が、アメリカ側に中国の核関連情報を漏えいした疑いがあるとの情報に触れた。
もし事実であれば、国家の根幹を揺るがす重大事案だが、一方で「それほど深刻な容疑であれば、スパイ罪や国家反逆罪といった別の罪名が用いられるはずで、『党の規律違反』という説明とは整合しない」とする慎重な見方も少なくない。

この説明のあいまいさが、さらに別のうわさを呼ぶことになった。
すなわち、軍内部で習近平体制に対するクーデター、あるいはその準備が進められていたのではないか、という見立てである。軍の最高幹部が同時期に排除されたこと、中央軍事委員会の構成が極端に単純化していることなどが、こうした推測を後押ししているとされる。

習近平首席は「豚を装って虎を食った」という新説が…

こうした中、アメリカを拠点に共産中国に批判的な論調で知られる中国語系メディア「 看中国(中国ウォッチャー)」は、事態を象徴的な成語で説明する記事を掲載した。

その表題はこうだ。
「习“扮猪吃老虎”骗过张又侠?(習主席は「豚を装って虎を食う」戦法で張又侠を欺いたのか?)」

「扮猪吃老虎(bàn zhū chī lǎo hǔ)」は、あえて愚かで無力なふり(豚のふり)をして相手を油断させ、油断したところを急襲して勝利を収める(虎を食べる)という、中国の成語・謀略であり、実力や本性を隠し、敵をあざむく「隠れた強者」を指す言葉だ。

三国時代、司馬懿は、曹操やその一族に不吉で野心的な様子を疑われ続けた。そのため、長期間にわたり病気や無能を装い、曹氏の警戒を解くことで、最終的に魏の政権を掌握した例がある。

近現代では、国共内戦期の毛沢東が、農民ゲリラを装いながら長期戦で主導権を奪取した例が、後世に「豚を装って虎を食った」と評されてきた。

日本語の「能ある鷹は爪を隠す」にやや近いが、より「敵をだまして罠(わな)にかける」という詐術的な側面が強い表現。 

反対派を油断させておいて一気に排除か?

「看中国」の記事は、次のような論理構成をとる。

習近平国家主席
習近平国家主席

まず、今回の軍粛清が大規模な公開裁判や激しい宣伝を伴わず、比較的静かに進められた点に注目する。これは粛清としては異例であり、習近平首席が事前に軍内部の動きを把握していた可能性を示唆するという。
次に、台湾有事をめぐる緊張や人事の極端な集中に対する不満が、軍内部、とりわけ古参幹部層に蓄積していたと指摘する。
そして習近平氏は、それらの不満を即座に摘み取るのではなく、あえて泳がせ、反対派が動き出す兆候を待ったのではないか、という仮説を立てる。

「看中国」によれば、決定的な証拠、あるいは「忠誠心の欠如」を示す兆候をつかんだ段階で、習近平首席は「規律違反」という最もあいまいで広範な罪名を用い、一気に軍トップを排除した。重要なのは、「何をしたか」よりも「誰に逆らったか」であり、これは軍によるクーデター未遂に対する先制的対応、すなわち“逆クーデター”だった、という解釈である。
弱っているように見せながら主導権を握り、最後に虎を仕留めた――これが「扮猪吃老虎」という評価につながる。

この文脈に照らせば、「看中国」の論法は一応の整合性を持つ。
習近平首席は、経済失速や国際的孤立、軍内部の不満によって弱体化しているように見えたが、実際には反対派を把握し、機が熟すまで待って一気に排除した――結果論として「扮猪吃老虎」だった、というわけである。

“虎を食っても”政権の足元には金融不安の火種くすぶり続ける

しかし、これで一件落着と見るのは早計だろう。
中国の政情不安は、軍の権力闘争にとどまらない。とりわけ深刻なのが、三大政策銀行の一つである中国農業発展銀行をめぐる不祥事である。同銀行が、実態を伴わない、あるいは不動産投資に流用されたとみられる融資について、約2兆人民元(日本円で約44兆円規模)にのぼる不正・虚偽データを計上していたことが判明し、当局が調査を進めていると伝えられる。この「詐欺的融資」の全貌が明るみに出れば、中国の金融システム全体を揺るがす危機に発展する可能性は否定できない。

軍部では反対派を抑え込み、表向きには権力基盤を固めたかに見える習近平政権。しかし、その足元では金融不安という別の火種がくすぶり続けている。
虎を食ったとしても、豚を装う側が安心していられる状況ではない。

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。