鹿児島市の飲食店が、店の入り口をバリアフリー化した。きっかけは、今は亡き車椅子の少女の新聞投稿だった。少女の願いに多くの人が応え、周りが変わった。

「自由に好きなものが食べられない」少女の悔しさ

鹿児島市泉町にある居酒屋「銀ノ虎」は2022年5月、店の入り口の階段を緩やかなスロープに変えた。

居酒屋「銀ノ虎」 鹿児島市泉町
居酒屋「銀ノ虎」 鹿児島市泉町
この記事の画像(16枚)

銀ノ虎 林栄二郎さん:
飲食店はコロナで大変な時期で、金銭的余裕、経営的余裕がなかった。いつかやろうという気持ちはあったんですけれど…

そんな林さんをすぐ行動に移させたのが、2022年2月に南日本新聞「若い目」に掲載された、当時中学3年生だった車椅子の少女の投稿。

南日本新聞「若い目」に掲載された少女の投稿(2022年2月)
南日本新聞「若い目」に掲載された少女の投稿(2022年2月)

外食をしようと祖母と一緒に出かけた際、店の入り口に段差があった。「スロープがないから行けないよ」と言われた時のことについて、「私はみんなの迷惑なのかな」「自由に好きなものが食べられなくて悔しい」とつづられている。

銀ノ虎 林栄二郎さん:
自分たちが当たり前に生活している中で、当たり前じゃない人たちがいらっしゃって。「少しでも早くしないと」と思いまして

生後半年で車椅子生活に…楽しみは家族との外食

新聞に投稿したのは、垂水市の宮迫千尋さん。

宮迫さんはこの投稿から2カ月後の2022年4月、急病で亡くなった。高校の入学式からわずか4日後、15歳だった。

高校の入学式からわずか4日後、15歳で急死
高校の入学式からわずか4日後、15歳で急死

母・美千代さん:
素直で人の気持ちを思う子だったんです。自分のことより、人のことを心配してくれる子でした

宮迫さんは、生後半年で脊髄性筋萎縮症と診断され、ずっと車椅子で生活してきた。

母・美千代さん:
人によってさまざまで、背中が曲がっていったり指が変形したりする。筋力が下がっていって、一定した場所でしか動けない。身の回りのことはできなくなって…(という病気)

そんな宮迫さんが楽しみにしていたのが家族との外食。しかし、行けるお店は限られていた。

姉・佳代さん:
食べたいと思っていたものがあっても、入り口に段差があるから車椅子が入れないとか、店内が狭いから、店員さんが「いいですよ」と言っても、肩身が狭くて「いいです」って言ったり。事前に「あれ食べたいね、これ食べたいね」と話していても、結局食べられないことが多かったので

そんな悔しかった思いを文章にしたためたのだ。

養護学校にも変化 思いを形にしてつなぐ

宮迫さんの訴えでバリアフリーになった場所は、学校にもあった。

鹿屋養護学校 西育子教諭:
千尋さんが小学部の時に作文で書いて、バリアフリーになったところがあるので、ご案内します

こう話すのは、宮迫さんを長年見守ってきた鹿屋養護学校の西育子教諭。

教室と廊下の間、扉の敷居にある小さな溝。健常者には何ともない小さな溝だが、車椅子の人にとっては大きな障害だ。

扉の敷居にある小さな溝 車椅子の人にとっては大きな障害
扉の敷居にある小さな溝 車椅子の人にとっては大きな障害

宮迫さんが作文に書いたことで、溝にはふたがかぶせられた。

車椅子での移動がスムーズに
車椅子での移動がスムーズに

鹿屋養護学校 西育子教諭:
他の職員たちも思ってはいたけど、慣れてしまっているじゃないですけど、何とかなっちゃうので。千尋さんのおかげでプレートがついて、いろんな先生が「千尋さんありがとうね」と言っていたのを覚えています

声に出すことで状況を変え続けてきた宮迫さん。

姉・佳代さん:
妹のことを忘れてほしくないから。妹が発信したことが誰かの心に響いて、それを実行に移してくれたということがうれしいですね。「思いが伝わっている人がちゃんといるよ」ということは、伝えてあげたいですね

宮迫さんの新聞への投稿は、こんな一文で締めくくられている。

「理解が深まると、私みたいに身体障がい者の人だけでなくさまざまな障がいのある人も、もっと過ごしやすくなるのではないかと思っています」

「理解が深まれば…」宮迫さんの願い
「理解が深まれば…」宮迫さんの願い

宮迫さんの思いは形となって、これからも残り続ける。

(鹿児島テレビ)