「全ての容疑を認めます」
宮城県岩沼市の海岸で殺害された保育士の遺体が見つかった事件は、勾留期限が迫った6月5日、大きなターニングポイントを迎えた。殺人と死体遺棄容疑で逮捕・送検された佐藤蓮真容疑者(21)は起訴直前になって事件への関与を全面的に認めたという。取り調べが続く中、容疑者の自宅近くの公園からは凶器とみられるナイフと被害者のバッグが見つかっていた。事件への関与の疑いが強まる中、供述を変えた佐藤容疑者。その真意はどこにあるのか?

現場は人けのない海岸
この事件は4月13日、宮城県岩沼市下野郷の海岸で、仙台市太白区に住む保育士・行仕由佳さん(35)が胸などを刺され、殺害されているのが見つかったものだ。現場は東日本大震災の津波で被災した沿岸部。防潮堤こそ新しいが、周辺に住宅などはなく、夜になると真っ暗になる。行仕さんは堤防の上で殺害されたとみられ、遺体は波打ち際にある消波ブロックの間で見つかった。

車を持っていない行仕さんがどうやって海岸に行ったのか。行仕さんの財布やスマートフォンは遺体が発見された現場から見つからず、犯人が持ち去ったものと見られていた。
容疑者は“キックボクサー”
事件発覚から2週間になろうとしていた4月26日、警察は行仕さんと海岸を訪れていた、岩沼市の無職・佐藤蓮真容疑者(21)を死体遺棄容疑で逮捕した。キックボクシングに打ち込み、試合にも出ていたという佐藤容疑者。行仕さんとは2024年秋ごろ、SNSを通じて知り合い、自身が出場する試合のチケットを渡していたという。実際に試合を観戦する行仕さんの姿も目撃されていた。だが、佐藤容疑者は警察の調べに対し、「行仕さんとは知人関係で交際していない」と話し、当初、死体遺棄についても否認していた。

知り合いでチケットをやりとりする間柄。被害者との関係性は命を奪うほどには見えない。捜査関係者が注目したのは佐藤容疑者の借金だ。
借金、ナイフ…次々見つかる証拠
家宅捜索で、佐藤容疑者の自宅からは行仕さんの財布が見つかった。さらに捜査の過程で、佐藤容疑者は知人や消費者金融に借金があり、行仕さんからも金を借りていたことが判明した。動機の解明にもつながる重要な証拠だ。

警察は5月17日、殺人容疑でも佐藤容疑者を逮捕。だが、佐藤容疑者は「黙秘します」と話し、雑談には応じるものの、容疑についてはあいまいな供述を繰り返す状況が続いたという。
警察はその間、着々と証拠を集めた。佐藤容疑者の自宅近くの公園の茂みからはペティナイフを発見。ナイフから検出された血液が行仕さんのDNA型と矛盾せず、命を奪った凶器の可能性が高いことがわかった。また、同じ公園の池からはポリ袋に入ったバッグも見つかった。事件直前、防犯カメラに映っていた行仕さんのバッグに似ていて、中からは行仕さん名義の預金通帳が発見されたという。

さらに、証拠隠滅とみられる佐藤容疑者の行動も明らかになった。スマートフォンの解析で、事件後、行仕さんとの電話の履歴やメッセージなどのやりとりの一部を消した痕跡が見つかったという。
黙秘から一転 起訴直前に変化
刑事事件で容疑者を勾留できるのは、延長請求をしても最大20日間。さらに取り調べを続けるためには6月5日までに起訴するか、別の容疑で再逮捕するかという判断のタイミングを迎えていた。捜査関係者によると、佐藤容疑者が「全ての容疑を認めます」と話したのは、勾留期限の前日だったという。

佐藤容疑者がなぜ供述を変えたのか、それは本人にしか分からない。だが、捜査関係者は証拠品を次々と突きつけられ、逃げ切れないと考えたのでないかと話す。
事件追及は法廷の場へ
行仕さんは保育士であり、小学生の息子を育てるシングルマザーだった。勤務先の保育園でも評判は良く、周囲にトラブルはなかった。何の落ち度もない女性が殺害された理由は何なのか。佐藤容疑者は殺人と死体遺棄の容疑を認めても、動機については「分かりません」と話したという。

起訴され、被告となって臨む公判では一体何を話すのか?事件追及の場は法廷へと移った。