
2026年3月4日午前10時、仙台地裁102号法廷。宮城県岩沼市の海岸で保育士の女性が殺害された事件の裁判員裁判が始まった。
殺人などの罪に問われているのは、岩沼市の無職、佐藤蓮真被告(22)。
起訴状などによると、佐藤被告は2025年4月、岩沼市内の海岸の防潮堤の上で、仙台市太白区に住む保育士、行仕由佳さん(当時35)の胸などをペティナイフで複数回刺して殺害し、遺体を波消しブロックの隙間に遺棄した罪などに問われている。
当時8歳の一人息子と2人で暮らし、保育園の子供たちからも慕われていた女性は、なぜ殺されたのか。裁判の記録から辿ってゆく。
裁判で明かされてゆく事件の経緯
被告席に座る男は黒いスーツ姿だった。傍聴席は静まり返っている。
裁判員6人と裁判官が並ぶ法壇の前で、被告は背筋を伸ばしたまま座っていた。裁判長がゆっくり問いかける。「起訴内容に間違いはありませんか」
被告は視線を落とし、小さく答えた。「間違いありません」
殺人と死体遺棄。その罪については認めた。ただし、被害者の財布から現金を取ったとされる窃盗の罪だけは否認した。
2025年4月、岩沼市の海岸で起きた殺害事件。法廷では、2人の出会いから妊娠をめぐるすれ違い、そして海岸での犯行に至るまでの経緯が、証言やLINEの記録を通して明かされていく。その始まりは、2024年秋のマッチングアプリだった。
マッチングアプリで始まった関係
被告は「れん」という名前でアプリに登録していた。苗字は本名ではなかった。
行仕由佳さん(当時35)は保育士として働きながら、子どもを育てるシングルマザーだった。
2人が最初に会ったのは公園だったという。
裁判で被告は「格闘技の話をしました」と、当時を振り返った。
被告はキックボクシングをしており、試合にも出ていたという。
格闘技の話題で会話は弾んだ。その後、2人は何度か会うようになる。場所はほとんどが行仕さんの自宅だった。しかし、2人の関係についての認識は一致していない。被告は法廷で「恋愛感情はありませんでした」と述べている。
一方で、LINEでのやり取りは別の印象を残す。
2024年10月、行仕さんは被告にメッセージを送っていた。「一つ聞いていい?私って今の彼女?」
これに被告は「うん」と返信している。行仕さんは続ける。「ちゃんと彼女と思ってくれてたんだね」
被告は「由佳ちゃんに沼ってしまっている」と返していた。
検察は、このやり取りを示しながら、2人の関係が親密なものだったと指摘した。
総額100万円以上の借金と、すれ違い始めた関係
しかし、その関係の裏には金銭の問題もあった。2024年10月、被告は行仕さんからまとまった金を借りた。最初に借りた額は86万円だった。
理由は「交通事故でお金が必要」と説明していたが、裁判で被告はこの説明は事実ではなく、特殊詐欺の被害に遭い金が必要だったと説明した。
その後も追加の借り入れがあり、検察側は被告が行仕さんから借りていた金額は総額で100万円以上になっていたと指摘した。
返済は進まなかった。LINEには、「来週、お金返せるんだよね?」という行仕さんからのメッセージも残されていた。
被告は法廷で「返して関係を切ろうと思っていました」と述べたが、裁判では行仕さんが「お金を返さなくていいから正式に付き合ってほしい」と伝えていたことも明らかになった。
同じ出来事でも、2人の思いは少しずつずれていく。
「赤ちゃんどうするのよ」妊娠をきっかけに立ち込める暗雲

2025年3月。行仕さんのスマートフォンから、被告のもとにメッセージが送られる。
「本当に妊娠したかも」
その後行仕さんからは「赤ちゃんどうするのよ」「2人で相談したい」と、妊娠に関するメッセージが続く。
行仕さんは出産を望んでいた。しかし被告は、妊娠そのものに疑問を抱いたと語っている。
検察官「子どもについてどう思いましたか」
被告「自分の子どもではないかもしれないと思いました。自分の子どもだとしても、おろしてほしい気持ちでした」
裁判では、行仕さんが「一緒に育ててほしい。できないなら養育費を払ってほしい」と伝えていたことも明らかになった。しかし、話し合いはまとまらなかった。
海岸での話し合い そして、突き出されたナイフ
2025年4月、被告は行仕さんを車で迎えに行った。立ち寄ったコンビニの防犯カメラには、行仕さんの姿が映っていた。オレンジ色のカーディガン。白いスカート。ザクロミックスの飲み物とハイチュウを買っていた。それが、記録に残る生前最後の姿となった。
その後、2人は犯行現場となる海岸へ向かう。
検察官「なぜ海岸だったのですか」
被告「街灯がなく、人通りが少ないと思ったからです」
検察官「その場所はいつ決めたのですか」
被告「数日前から決めていました」
車を防潮堤の近くに止め、2人は堤防の上に移動した。被告はナイフを右手に握り、背中に隠していたという。
車の中から続いていた妊娠についての話し合いは、被告によると、防波堤に移ってからは「10分も経っていない」という。
行仕さんが「ジムに報告する」「プロとしての活動を辞めさせる」と言った、その直後。
被告は、ナイフを突き出した。
「頭が真っ白で」犯行後の行動
最初の一突きはショルダーバッグに当たった。行仕さんは尻もちをつくように倒れた。
被告はその後の状況について「頭が真っ白で覚えていません」と述べた。
ただ、行仕さんの断末魔の悲鳴だけが被告の耳に残っていた。
解剖結果では、上半身には7か所の刺し傷。死因は失血死だった。
殺害後、遺体となった行仕さんの両手を持ち、引きずりながら砂浜へ下りたという。
遺体は波消しブロックの隙間に置かれた。
「見つからないように隠そうと思いました」と、被告は証言した。
初公判から被告人質問までの法廷で積み重ねられたのは、出会い、借金、妊娠、すれ違い、そして海岸での犯行に至るまでの断片だった。その断片を裁判所がどう受け止め、どんな判断を示したのか。
後編では、論告求刑公判と判決公判をたどる。
