2025年2月、岩手県大船渡市で発生した平成以降最大規模の山林火災から10カ月が経過した。3370 haに及ぶ広大な山林が焼失し、住宅など226棟が被災、1人の犠牲者を出した大規模火災。地域では復興への歩みが少しずつ進められているが、森林の再生や被災者の生活再建など多くの課題が残されている。
強風と乾燥が招いた急速な延焼
2025年2月26日、大船渡市赤崎町合足で発生した山林火災は、最大瞬間風速18.1mという強風と、2月の降水量がわずか2.5mmという異常な乾燥状態の中で、瞬く間に燃え広がった。
大量の火の粉が風で運ばれ、出火から1時間後には、火元から2.5km以上離れた地区でも火災が発生し、わずか2時間で延焼範囲は600 haに達したとみられている。
避難指示は最大で4596人に出され、市民は不安な日々を強いられた。
全国15都道県からの緊急消防援助隊が結成され、延べ3万4000人が消火活動に当たった。
しかし、火は勢いを増し続け、最終的な焼失面積は3370 haにまで拡大。
鎮圧宣言が出されたのは、発生から12日後の3月9日だった。
甚大な被害と人的被害
避難指示が解除されると、被害の実態が明らかになっていった。
住宅など建物の被害は226棟に上り、このうち175棟が全焼。多くの人が突然、自宅を失った。
自宅を全焼した住民は「実際見ると悲しい気持ちはあるけれど、頑張っていくしかない」と肩を落とした。
この火災では、三陸町綾里に住んでいた90歳の男性が犠牲となった。避難の途中で倒れたとみられている。
男性の長女は「逃げたが間に合わなかった。火に巻き込まれたと思う。つらい」と涙ながらに語った。
二重の被災に直面する地域産業
火災による被害は住宅だけにとどまらず、地域産業にも大きな打撃を与えた。
アワビの養殖を手掛ける元正榮北日本水産では、火災による停電で250万個のアワビが死に、約5億円の被害が発生した。
東日本大震災からの復興途上での二重の被災となった同社の古川季宏社長は「今回被災2回目で心が折れそうな部分もあるけれど、なんとか会社復興に向けた動きをしていきたい」と決意を語った。
綾里漁協では定置網4セットを保管していた倉庫が全焼するなど、市内での被害総額は102億円余りに達した。
少しずつ進む復興の歩み
火災発生から3カ月後の5月には仮設住宅が完成。
自宅が被災した泉惠さんは「家族だけで過ごせる場所が手に入ったとほっとした気持ちが一番」と話し、安どの表情が見られた。
しかし現在も55世帯148人が仮の住まいで暮らしている。(公営住宅など含む)
6月には綾里漁協が釜石市の水産会社などから網を借り受け、定置網漁を再開した。例年より1カ月遅い初水揚げとなった。
7月に総務省消防庁は火災の報告書をとりまとめ、出火原因について「水産加工会社で使っていたまきストーブの火の粉が煙突から飛散した可能性がある一方、特定はできなかった」としている。
8月には三陸町綾里地区で、コロナ禍で途絶えていた夏祭りが復活した。実行委員の中心となったのは被災した若者たちだった。
綾里夏祭り実行委員の東川今さんは「自宅が被災して落ち込んでいたが、綾里の地域をどう盛り上げていけばいいかと思った時に夏祭りが思い浮かんだ」と語った。
子どもも大人も里帰りした人も仮設住宅で暮らす人も、地域のみんなに笑顔が広がった。
訪れた人からは「火災があってから、皆さん元気な姿が見られたのでとてもうれしい」との声が聞かれた。
森林再生という大きな課題
大きな課題となっているのが森林の再生だ。市の調査では森林を所有する個人や団体のうち4割は復旧を希望しないと回答している。(面積ベース)
大船渡市農林水産部の山岸健悦郎部長は「半分くらい復旧を希望しない人がいるので、市としてもなかなか難しい」と課題を認める。
また、県などによる試験の結果、焼けた「被害木」も通常の資材と遜色ない強度を持つことが確認されたが、時間の経過とともに劣化し構造が弱くなる恐れがある。
京都大学防災研究所の峠嘉哉特定准教授は「今切ればまだ利用できるものなので、利用することで被災した森林の復興を循環していくことが必要」と指摘している。
先行き不透明な生活再建
5月に始まった建物の公費解体は、市に申請があった222棟全てが12月中に完了する見込みだが、被災者の生活再建はまだこれからだ。
大船渡市の調査によれば「被災前と同じ場所に自宅を再建する」と答えた世帯は3割にとどまり、再建場所が決まっていない人も多い。
火災発生から10カ月、被災者たちは多くの課題を抱えながら、被災後初めての年越しを迎えようとしている。
