なにを選択しても責められる
さらに、母親に対するガスライティングの行為には、「マムシェイミング(Mom Shaming:母親に恥を感じさせること)」という名前がついています。子育てについて、母親が何をしても、何を選択しても、なぜか責められるという現象のことです。
出産や子育てに関しては、特に賛否両論が分かれることが多く、どちらを選んでもその選択を批判されることが少なくありません。

例えば、「自然分娩で陣痛を感じて出産する方が、子どもへの愛情を感じられる」と言われるかと思えば、「麻酔を使う無痛分娩を選ばないなんて非科学的」と批判される。
保育園に預ければ「そんなに小さいうちから保育園に預けて寂しい思いをさせるなんてかわいそう」と言われ、逆に家で育てていると「家でずっとお母さんと過ごしていると社会性が育たない」と言われる。
母親に原因があるわけではない子どもの病気や行動についても、母親が責められてしまうことがあります。
母乳か粉ミルクか…も大きな選択に
「母乳か粉ミルクか」についても、よくマムシェイミングのターゲットになっています。
私は、長男を出産した時は、妊娠期間中よりも難産だった出産よりも、産後の授乳期の方が心身ともにつらく感じられました。結局授乳をやめて粉ミルクに切り替えたのですが、その時には急に視界が明るく感じられたことを覚えています。
ただ、授乳をやめることを決めるまでには、大きな葛藤がありました。産後のホルモンバランスの影響もありましたが、やはり「粉ミルクよりも母乳の方が子どものためになる」という社会的プレッシャーも大きかったです。
ですから、授乳をやめると決めたあとも、「私は母乳育児に“失敗”したんだ」と烙印を押されたような思いが消せませんでした。
長男が大きくなった今となっては、あの時に与えたのが母乳でも粉ミルクでも、息子は今と同じように育っていただろうと自信を持って言えます。だからこそ、妊娠・出産後で心身ともにダメージを受けていたあの時に、母乳育児に執着させるようなプレッシャーを与えないでほしかったと強く思います。
母乳でも粉ミルクでも、母親たちは誰もが、大変な思いをしながら頑張って子育てをしています。ただでさえ、自分の一挙手一投足が、子どもに大きな影響を与えるのではと責任の大きさに押しつぶされそうになっている時です。
悩みぬいて決めた選択に対して罪悪感を持せ、マムシェイミングをするのではなく、ねぎらいの言葉をかけられる社会であってほしいと思います。

内田舞
小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。日本の医学部在学中に、米国医師国家試験に合格・研修医として採用され、日本の医学部卒業者として史上最年少の米国臨床医となった。