南シナ海の領有権をめぐり、中国とフィリピンの衝突が相次ぐ中、2024年3月、FNNは両国の緊張が高まっている「アユンギン礁」の周辺海域の取材をフィリピン政府から特別に認められ、沿岸警備隊の巡視船に同行した。多数の中国当局の船や“海上民兵”が乗り込む船に取り囲まれ、ついには中国船と接触するという恐怖も体験する中、我々が出会ったのは、極度の緊張のなかで中国と向き合いながら暮らす人々だった。

日本の援助で建造された巡視船でフィリピン軍事拠点へ

3月18日、我々がまず向かったのは、フィリピン南西部パラワン島の南端にあるブリルヤン港だ。全長44メートルの巡視船「SINDANGAN」の操舵室には、日本の国旗が貼られているほか、電子機器には日本メーカーの名前が記されている。実はこの巡視船は日本の援助で建造され、2018年にフィリピンに引き渡されたものなのだ。

フィリピン沿岸警備隊の巡視船
フィリピン沿岸警備隊の巡視船
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今回の任務のひとつは、フィリピンが実効支配しているパグアサ島への物資搬入や、中国の海洋進出で周辺海域の漁業や海洋生物への影響がないかを調査することだ。正午過ぎ、巡視船は約400キロ離れたパグアサ島へ向けて出発した。

天然ガスや漁業などの資源が豊富な南シナ海をめぐっては、2016年にオランダ・ハーグの仲裁裁判所が国連海洋法条約に基づき中国が主張する独自の領海について根拠がないという判断を示した。しかし、中国は判決を受け入れず、人工島を造成するなどして海洋進出を続けている。

巡視船にはFNN以外にアメリカ系メディアなども同乗した
巡視船にはFNN以外にアメリカ系メディアなども同乗した

こうした中、3月5日には、フィリピンの排他的経済水域内にある軍事拠点のひとつ「アユンギン礁」周辺海域で巡視船が中国海警局の船から衝突されて損傷したほか、物資を運ぶ民間補給船が放水を受け、船内の窓ガラスが割れて乗組員4人がけがをした。南シナ海の補給任務で負傷者が出るのは初めてだった。

一緒に同行取材したアメリカ系メディアの記者は「今回の取材は私にもあなたにも危険で注意が必要だ。中国海警局は特に領海を主張している場所でフィリピン沿岸警備隊に嫌がらせをしてくるからだ」と話した。

航行中に現れた中国の軍艦、そして中国船団…

出港から22時間あまりが経ち、パグアサ島に近づいてきた時、南西方向に中国の軍艦が現れた。パグアサ島周辺には、中国が兵器を配備している人工島がいくつもある。

航行中に発見した中国の人工島
航行中に発見した中国の人工島

軍艦は徐々にこちらへ接近し、肉眼で船舶番号と国旗も確認できた。背後には退役軍人や漁民らで構成する準軍事組織「海上民兵」が乗った民兵船が10隻以上控え、1時間以上にわたって並走したあと離れていった。フィリピン側によると、その間、中国側に妨害行為を止めるよう無線で抵抗し続けていたという。

フィリピンが実効支配「パグアサ島」には小中学校も

パグアサ島に到着すると、中国海警局の船と、民兵船団がこちらを監視するように連なっていた。

南シナ海の小島「パグアサ島」
南シナ海の小島「パグアサ島」

約600メートル四方の小さな島は、フィリピンが実効支配していて、兵士や沿岸警備隊員、漁師ら500人近くが暮らしている。80人が通う小中学校では、英語で授業が行われ、庭にはフィリピンの国旗があった。

小さな島には小中学校がある
小さな島には小中学校がある

また、都市部から船で定期的に物資が送られていて、売店には生活用品に加え、スナック菓子や酒類も揃い、新しい家を建築する様子も見られる。

島の売店にはお菓子やお酒が揃っていた
島の売店にはお菓子やお酒が揃っていた

地元の漁師に話しを聞くてみると、「中国は浅瀬を破壊し、人工島を造っている。フィリピン人は領海内で漁業をしているが、中国は我々の領海内でサンゴを破壊している」と問題を指摘した。

パグアサ島より 手前がフィリピン巡視船で奥が中国船団
パグアサ島より 手前がフィリピン巡視船で奥が中国船団

我々は、パグアサ島周辺の浅瀬で中国の人工島造成が海洋生物に影響しているかを調査するフィリピン当局のチームに同行することにした。しかし、1隻の船が浅瀬へ向かおうとしたところ、中国海警局の船が目の前を横切る形で遮ってきた。中国船は黒煙を上げながら進路を変えるなど、数分間にわたり行く手を阻むように旋回を続けた。

フィリピン船の進行を何度も遮る中国船
フィリピン船の進行を何度も遮る中国船

浅瀬では水中ドローンを使った砂の調査が行われたが、フィリピン大学の研究者によると、浅瀬に隆起や拡大がみられるものの、それが中国の人工島建設によるものか自然現象かの結論は出なかったという。

フィリピン排他的経済水域内「アユンギン礁」の攻防

3月22日午後、パグアサ島を離れた巡視船が物資搬入などのために向かったのは、3月5日に両国が衝突した軍事拠点「アユンギン礁」だ。

早朝多くの中国船団に囲まれる 撮影する向山カメラマン
早朝多くの中国船団に囲まれる 撮影する向山カメラマン

ここはフィリピンの排他的経済水域内だが、周辺海域に到着した23日夜明け前、我々が乗った船と物資補給船は、10隻以上の中国船団に囲まれていた。

中国船からは常に乗組員がこちらを撮影していた
中国船からは常に乗組員がこちらを撮影していた

船体には、「中国海警、CHINA COAST GUARD」の文字。フィリピンの船が移動しようとすると、中国海警局の船が執拗に進路を妨害する。中国側の乗組員は、積み荷や、同乗している我々メディアなどを確認するようにカメラを回し続けていた。

フィリピンの物資補給船に放水する中国海警局の船
フィリピンの物資補給船に放水する中国海警局の船

中国船団に囲まれてから約2時間が経過した午前8時頃、フィリピンの物資補給船に向けて中国海警局の船が放水砲の発射を始めた。放水の現場を捉えようとメディアは一斉にカメラを向けたが、それを妨げるように別の中国船が、私たちの乗った船と放水現場の対角線上に立ち塞がる。

放水の撮影中、別の中国海警局船に遮られる 左は筆者
放水の撮影中、別の中国海警局船に遮られる 左は筆者

そして午前9時すぎ、ついに巡視船と中国海警局の船が接触。中国側の船舶番号の部分にキズが付き、フィリピン側は後部の旗立てが損傷した。沿岸警備隊に同行しているとは言え、船同士が接触した際には私も恐怖を感じた。また、広い海で約8時間にわたり包囲され、中国側の乗組員からカメラを回され続けると、これからどうなるのかという不安感をおぼえた。

接触直後の様子 4の数字の左上二箇所にキズを確認した
接触直後の様子 4の数字の左上二箇所にキズを確認した

フィリピン政府によると、結局、補給船は中国による放水砲で重大な損傷を負い、3人がけがをしたことから、物資搬入任務は実現できずに戻った。私も船上から、大きく損傷した補給船を確認した。

南シナ海領有権争い、今後の行方は…

この衝突を受け、フィリピン側は「国の排他的経済水域内での任務遂行は権利の範囲内だ」として中国を非難している。一方中国側は、「南シナ海は中国の領土で、領土と海洋権益を守るために断固とした措置を取り続ける」と主張している。

中国の放水砲で大きく損傷したフィリピンの物資補給船
中国の放水砲で大きく損傷したフィリピンの物資補給船

今回、フィリピン側が我々の取材を許可したのは、自国の排他的経済水域内での中国の領海主張には根拠がないことを改めて世界に訴え、脅しに屈せず権利を主張し続ける姿勢を示すためだったのかもしれない。

フィリピン軍は4月7日、南シナ海で「海上協力活動」と位置づけて日米豪との4カ国による初めての共同訓練を行い、隊列を組んだ航行の連携などを確認した。

4月11日は日本アメリカフィリピンの3カ国首脳会談が開かれる
4月11日は日本アメリカフィリピンの3カ国首脳会談が開かれる

また、4月11日には日米比の3カ国首脳会談が予定されていて、中国の海洋進出について意見が交わされる見通しだ。各国が今後、国際法に基づく安全保障上の関係強化を示していけるかがが注目される。

田中剛
田中剛

FNNバンコク支局長。2000年フジテレビ入社。情報番組「めざましテレビ」「とくダネ!」でディレクターやコーナーデスクを担当。
2010年から報道局社会部で司法クラブ、宮内庁クラブ、デスクを経て、2022年8月から現職。