衆院選の投開票日には岩手県盛岡市にいた。この2〜3年、縁あって「岩手めんこいテレビ」の開票特番に出演させてもらっている。

事前の情勢調査では自民党の優勢が予想されており、期日前投票も後半伸びて前回を上回ることが分かっていたため、雪で当日の出足が多少鈍っても投票率はさほど低くならないだろうということで、事前調査に近い結果が予想されていた。

中道の大物議員落選予想が…

先週のコラムで「ジャイアントキリング続出で新党崩壊か」と書いたのだが、ネット上では新党の中道改革連合が惨敗し、大物議員が多数落選することが予想されていることを、サッカーで「番狂わせ」の意味で使われるこの言葉を使って「ガチでジャイアントキリング来るか?」などの投稿が多く上がっていた。

ずらりと並んだ自民党の“花”の裏にはジャイアントキリングで敗れた旧立憲の大物議員が…
ずらりと並んだ自民党の“花”の裏にはジャイアントキリングで敗れた旧立憲の大物議員が…
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私は「ジャイアントキリング」の候補として野田佳彦共同代表、安住淳共同幹事長、枝野幸男元立憲民主党代表の3人を挙げていた。

だが前夜、岩手3区の中道・小沢一郎氏が対立候補の自民・藤原崇氏に対し、事前の情勢調査ではわずかに負けているものの接戦だったが、期日前投票の出口調査では日を追うごとに差をあけられたこと、また金曜に高市早苗首相が藤原氏の応援に入り、1500人の支持者が集まり、会場に入れない人も300人いたことを聞いていた。

小沢氏のライバル・自民の藤原崇氏の応援のため高市首相が岩手入りした
小沢氏のライバル・自民の藤原崇氏の応援のため高市首相が岩手入りした

ただ小沢氏は比例重複立候補をしており、立憲はこれまで東北ブロックでは強かったので、たとえ小選挙区で負けることはあっても比例復活するので落選することはないだろうと思っていた。

豪腕・小沢氏までも…

しかし昼過ぎに出た出口調査の結果を見ると、小沢氏は藤原氏に大差をつけられていた。めんこいテレビは午後8時の投票締め切りと同時に藤原氏に当選確実を出すことを検討しているという。

選挙19連勝“小沢王国”で小沢氏がついに敗れた
選挙19連勝“小沢王国”で小沢氏がついに敗れた

しかも比例の東北ブロックを調べると、中道は1位に公明党出身の庄司賢一氏、2位に立憲出身で東京の小選挙区から回ってきた有田芳生氏がそれぞれ単独で名簿搭載されており、小沢氏は他の立憲の小選挙区候補とともに3位。さらにブロックでの中道の比例獲得議席はおそらく3議席ということで、もはや比例復活も絶望的だった。

中道は結局、野田氏は辛くも当選したものの、安住氏、枝野氏、岡田克也元外相、玄葉光一郎前衆院副議長ら幹部が続々落選。「ガチなジャイアントキリング」となった。

党が“消滅”…

当選者は49人で、うち公明出身者は比例に立候補した28人が全員当選。立憲出身者は21人で、うち小選挙区ではわずかに7人だった。立憲から新党には現職が144人参加したので7分の1になってしまった計算だ。

岡田克也元副首相も落選した…
岡田克也元副首相も落選した…

しかも自民の比例名簿が足りず中道も7議席を自民からもらった形なので実際の実力は21から7引いた14議席だ。参政党の15議席より少なく、もし公明党と別れたら野党第4党になってしまう。

これは歴史的な敗北というよりは、党が消滅してしまったことに近い。野田氏は引責辞任を表明したがそれで済むのか。

公明党とはお別れか…

立憲出身の多くの議員が政策のすり合わせもろくにやらずに突然公明と合流して新党を作ったことに驚き、公明出身の議員が比例名簿の上に搭載されて全員が当選したのに、自分を含め多くの仲間たちが比例復活もできずに落選したことにただ茫然としていることだろう。

“敗戦”翌日には並んで会見したが…
“敗戦”翌日には並んで会見したが…

このまま公明と一緒にやっていけるのか。私は無理だと思う。

直ちに新党を解散し、公明とは別れ、一から党を作り直すしかないのではないか。

“政権交代”との概念を教えた小沢氏

小沢氏の話に戻る。初めて会ったのは1993年、自民党幹事長として訪米した時で、当時の私はワシントン支局勤務だった。当時の小沢氏は米国で「改革のヒーロー」扱いされており、ワシントンポスト紙が「改革者来たる」という見出しを掲げたことを覚えている。

小沢氏は訪米時にFNNのワシントン支局から中継出演した事もあった
小沢氏は訪米時にFNNのワシントン支局から中継出演した事もあった

その後の小沢氏は自民党を離党して新生党を結成し、総選挙で自民党を下野させて8党連立の細川護煕政権を樹立。戦後から続いた自民党1強の55年体制を終わらせた。

その後も党はいろいろ変わったが自由党が自民と連立を組んだ短い間を除いて常に自民党への対抗勢力を作ることに力を尽くした。小沢氏の最大の功績は我々に「政権交代」「政権選択」という概念を教えたことだろう。

自民党の55年体制を終わらせ“政権交代”という概念を持ち込んだ
自民党の55年体制を終わらせ“政権交代”という概念を持ち込んだ

2大政党あるいは2大勢力による政権交代は民主主義を維持しながら国を発展、成長させていくためには必要なことで欧米の豊かな民主主義国家は必ず行なっている。

一党による長期政権は必ず「垢(あか)」がついてしまうのだ。

私は歴代政治家の中で安倍晋三元首相を最も評価する者だが、この「政権交代」の概念を日本に持ち込んだという一点では、小沢氏には敵わないと思う。

“影の首相”と何度も呼ばれた
“影の首相”と何度も呼ばれた

もう一つ、安倍氏は2度首相をやったが、小沢氏は海部政権、宮澤政権、細川政権、羽田政権、鳩山政権で「影の首相」と呼ばれた。つまり影の首相を5度やったわけだ。これもすごい。

83歳で20回目の当選が叶わなかった小沢氏はまだ何も言わないが、引退することになるのだろうか。いずれにしても「過去の人」になることは間違いない。

55年体制を終わらせ、日本に「政権交代」を持ち込んだ「剛腕」が退場し、日本の政治の形は大きく変わることになる。

日本リベラルは「終了」した

立憲が中道に名前が変わって、「原発ゼロ」と「安保法制は違憲」を取り下げたことで「リベラル票はどこにいくのか」と話題になったのだが、そもそも日本の「リベラル」とは何だったのか。

電気のある便利な生活をしながら原発ゼロを主張する、あるいは「国を守る」という当たり前のことに「戦争はごめんだ」といちゃもんをつける。

リベラルとはただの「無責任」ではなかったのか。今回の選挙で日本のリベラルは「終了」したのではないかと思う。

平井文夫
平井文夫

言わねばならぬことを言う。神は細部に宿る。
フジテレビ客員解説委員。1959年長崎市生まれ。82年フジテレビ入社。ワシントン特派員、編集長、政治部長、専任局長、「新報道2001」キャスター等を経て報道局上席解説委員に。2024年8月に退社。