2025年7月、タイとカンボジアの国境地帯で軍事衝突が発生した。FNNは、まさに激しい武力衝突が起きた寺院遺跡を戦闘開始直前に取材していた。その後、トランプ米大統領らの仲介で一度は和平合意を結んだものの、12月に入り衝突が再燃。日本人にも人気の世界遺産「アンコールワット」がある地域でもタイ軍の空爆があり、観光への深刻な影響も懸念されている。
根深い国境問題の打開策はあるのか、その最前線を追った。
5月の銃撃戦きっかけに国境地帯の緊張高まる
タイとカンボジアの間でにわかに緊張が高まったのは、2025年5月末のことだった。長年にわたり領有権をめぐる対立が続く国境地帯で銃撃戦が発生し、カンボジア兵1人が死亡。さらに、巡回中のタイ軍兵士が地雷を踏んで負傷する事件が相次ぎ、事態は急速に悪化した。
7月下旬になると、タイ政府がカンボジアとの全ての国境検問所を閉鎖したことで、付近で暮らす住民の生活や両国をつなぐ物流にも影響が出始めた。取材班がタイ中部の国境沿いの町アランヤプラテートに入ると、普段は賑わう商店街のほとんどの店がシャッターを下ろし、町は閑散としていた。検問所の行き来が制限され、カンボジア側から国境を越えて学びに来る学生と医療関係者しか通過できないためだった。
付近の学校を訪ねると、児童らが教室で避難訓練を行なっていた。5月以降、不測の事態に備えて授業に訓練が組み込まれ、毎日行っているという。小学5年の児童は、「カンボジアと戦うんじゃないかと怖い。話をつけて終わらせてほしい」と不安げな様子だった。130人の児童のうち約4割を占めていたカンボジア人の子どもたちの半数近くは、国境閉鎖を受けてカンボジア側に帰国してしまったという。
問題の係争地を戦闘前日に取材
7月23日、取材班はタイ東北部スリン県とカンボジアが接する国境地帯に入った。
この周辺はクメール王朝の寺院遺跡が点在するが、国境が定まっておらず、両国が互いに領有権を主張し合う係争地だ。
タイ軍の特別な取材許可を得て、寺院遺跡「ターモアン・トム」の敷地内に向かうと、異様な雰囲気に気付いた。遺跡にはタイとカンボジアの双方から立ち入ることが許されていて、仕切りもない同じ空間で両国の兵士が至近距離でにらみ合いを続けていた。
このため、観光客を巻き込んだ小競り合いも多発。取材中にもタイの兵士が、タバコを吸ったカンボジア人観光客を注意したことをきっかけに、緊張が走る場面があった。その一方で、兵士同士が一緒に記念撮影をしたり、笑顔で会話をする姿も見られた。
突然の寺院遺跡閉鎖発表、そして軍事衝突へ
事態が大きく動いたのは、その日の夜だった。
タイ政府は、地雷の爆発事件が相次いでいるとして「ターモアン・トム」を含めた2つの寺院遺跡を翌日から閉鎖すると突然発表したのだ。そして翌24日の朝、取材班が遺跡の閉鎖状況を確認するために再び国境近くへ向かおうとしたその時、カンボジア側からの砲弾が国境を越えて着弾したとの情報が入った。本格的な軍事衝突の始まりだった。
その後、カンボジア軍のロケット弾がタイ側のコンビニや家屋、病院の敷地を直撃する事態に発展。タイ軍もカンボジアの軍事拠点などを戦闘機で空爆し、双方あわせて170人以上が死傷する惨事となった。国境地帯から避難所へ逃げてきた人は、「大きな音がして耳が聞こえなくなった。撃ち合わず平和になって欲しい」と涙ながらに訴えた。
トランプ氏仲介で停戦合意も再燃
その後、マレーシアやアメリカの仲介により、戦闘開始から5日で一度は停戦となる。
10月にはトランプ大統領立ち会いのもと、和平合意の署名式が行われた。トランプ氏は自らの功績をアピールしたが、根深い国境問題があっさり収束するわけがなく、その後も両国は互いに非難を続けた。
11月に、タイの兵士が国境地帯で地雷を踏んで負傷すると、タイ側は停戦合意の履行を停止。12月7日には、再び国境地帯で銃撃戦が起き、大規模な軍事衝突へと発展した。これまでに双方で死者は40人を超え、75万人以上が避難生活を送っている。
2度目の停戦合意も実効性は…
戦火は、日本人にも人気の世界遺産「アンコールワット」があるカンボジア内陸部のシェムリアップ州にも及んでいる。この地域でもタイ軍の空爆が行われ、観光客への影響も懸念されている。また、国境地帯に生産拠点を置く日系企業の工場も操業を停止し、駐在員が退避する事態に。
日本の外務省は12月25日、国境から50キロ以内の渡航中止勧告に加え、80キロ以内にも不要不急の渡航を控えるよう危険レベルを引き上げた。
トランプ氏は衝突が再発した後にも双方に停戦を呼びかけたが、歯止めはきかず、戦闘はさらに拡大した。その後、状況の悪化を懸念したASEAN=東南アジア諸国連合は外相による特別会合を開き、12月27日に両国の国防相が会談して2度目の即時停戦で合意した。ただ、国境をめぐる双方の立場には大きな隔たりがあり、停戦が持続するかが今後の焦点だ。
(FNNバンコク支局長 田中剛)
