3月初旬、筆者が混雑したニューヨークの地下鉄に乗っていると、目の前で乗客同士の喧嘩が勃発した。「やめろ!」と別の乗客が前を横切って割って入ったが、電車が駅に到着すると、そのままホームになだれ込んだ。大事には至らなかったが、悲しいかな、こうした車内トラブルはNYでは「日常茶飯事」だ。
3月14日のラッシュアワー。ブルックリンを走行中の地下鉄車両の中でも乗客同士のトラブルが発生したが、今回は銃撃事件にまで発展してしまった。36歳の黒人男性が乗車してきた32歳の男性と口論の末、拳銃を奪われて頭を撃たれ、重体となっている。
これだけ聞くと、この男性は被害者だが、一部始終を捉えていた別の乗客が携帯電話で撮影した4分48秒の動画などにより、撃った男性の「正当防衛」が裏付けられる見通しとなった。捜査当局は撃たれた黒人男性を立件する見通しだ。
被害者から加害者へ…映像には事件に関与した謎の女性客も映されていて、警察が行方を捜している。
「日常茶飯事」が「恐怖の車両」に一変
4分48秒の動画は、黒人男性が着席している黄色いシャツの男性に対して「ボコボコにしてやる」「お前らみたいなのはくそ食らえ」と人種差別的な言葉を一方的に浴びせかけることから始まる。車内は異様な空気に包まれている。

男性をはじめ、乗客らは目を合わさないように視線を落とし、ひたすら時が過ぎるのを待っているかのようだ。黒人男性は時折ドアにもたれかかりながら意味不明な独り言も繰り返している。

しかし、黄色いシャツの男性を執拗に罵り続け、ついに座っていた男性は「やるか?」と立ち上がった。車内の空気は一変し、周囲の乗客が一斉に席を立った。
謎の女性が背中を刺す
他の乗客から沈静化を図る叫び声が飛び交うが、黒人男性がズボンの後ろポケットから刃物を出し、取っ組み合いに発展してしまった。しかし、事態は思わぬ展開を見せる。

座席の上に倒れた黄色いシャツの男性に覆いかぶさって殴り続ける黒人男性の背中をめがけ、長い髪の女性乗客が袖に隠していた鋭利な物体で2回、突き刺した黒人男性のシャツが赤く染まり始める中、怒りの矛先はこの女性に向かう。

「俺を刺したのか?!お前が俺を刺したのか!?」と叫ぶ黒人男性は、脱ぎ捨てたジャンパーから拳銃を取り出す。車内には「カチャカチャ」と操作する音が響いた。
恐怖に包まれる車内・・「私降りる!」「外に出して!!」
ここまで4分弱、冷静に様子を撮影していた乗客のカメラは180度向きを変え、人をかき分けながら車両の前方に向かっている。窓の外に駅のホームも見え、電車は減速している。

すると、誰かが「伏せろ!伏せろ!」と叫んだ。次の瞬間、「パン!」と乾いた音。悲鳴のあと、「パン!パン!パン!」と続く。カメラは激しく揺れ、もはや誰が発砲したのかは捉えていない。警察によるとこの時、車内では黒人男性が黄色いシャツの男性に拳銃を奪われ、頭を撃たれたという。

捜査当局は一部始終を捉えたこの動画が、黄色いシャツの男性の「正当防衛」を示す証拠になる可能性があるとして、現在訴追を見送っている。
黒人男性の背中を刺した長い髪の女性は誰?
一方で、未解明な部分も多い。黄色いシャツの男性を助けようと黒人男性の背中を刺した髪の長い女性が誰なのか。またなぜ刺したのか。捜査当局は現場からいなくなった女性の行方を捜している。動画を見返すと女性は最初、黄色いシャツの男性の近くに立っていたが、実際に知り合いかどうかは定かでない。

しかし、動画は事態がエスカレートする最中、女性が近くの席に座り、かばんから何かを取り出すしぐさを捉えている。

上着の右袖は手が隠れるまで伸ばされ、この時しのばせたもので黒人男性を刺した可能性がある。
無賃乗車で拳銃持ち込み・・重体の黒人男性は「加害者」で捜査
動画の冒頭、黒人男性は「お前らのような人種は警察官をやっつけられると思ってんのか?」「俺をやっつけてみろ」「俺は仲間の黒人を愛している」と脈絡なく不可解な内容を繰り返している。警察は黒人男性についてほとんど明らかにしていないが、当日、運賃を払わず改札を抜ける防犯カメラの映像を公開した上で、拳銃を車内に持ち込んだことの違法性を指摘した。

21日、警察幹部は「黒人男性を武器の違法所持で訴追する方針だ」と明らかにした。精神的なトラブルを抱えている可能性も示唆した。恐怖を目の当たりにした20数人の乗客もいわば「被害者」で、無論、カメラに写っていない経緯や背景を捜査することが重要だ。
画像:Sherri Paul
執筆:FNNニューヨーク支局 弓削いく子