食の雑誌「dancyu」の編集部長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。

植野さんが紹介するのは「アボカドの明太グラタン風」。

仕事に疲れたサラリーマンが英気を養う東京・荻窪の居酒屋「寄港地」を訪問。

親子の思いの詰まった店と、記事の最後では秘伝のレシピも紹介する。

ふらっと立ち寄りたくなるような町居酒屋

JR中央線と東京メトロ丸ノ内線の2路線が乗り入れ、杉並区で最もにぎわう街、荻窪。

街のランドマーク的な存在が、駅前のショッピングモール「荻窪タウンセブン」だ。

戦後間もなく誕生した「荻窪新興商店街」が前身で、生活に密着した店舗が軒を連ね、週末は多くの家族連れで賑わう。  

居酒屋「寄港地」
居酒屋「寄港地」
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マスター憧れの加山雄三さんのヒット曲が店名の由来となっている「寄港地」(東京都杉並区上萩1-4-10)は、2002年に開店。

仕事に疲れたサラリーマンがふらりと立ち寄りたくなる居酒屋だ。

居酒屋ならでは 個性派メニューの料理が勢ぞろい

店内に入ってまず驚くのが、壁中に貼られた漫画家や作家の色紙の数々。多くの著名人が寄港地を訪れていることがわかる。

そんな中、一際目立つところに飾られているのが、漫画家・小山ゆうさんの作品。

寄港地のマスターが“兄”と慕う漫画家・小山ゆうさん
寄港地のマスターが“兄”と慕う漫画家・小山ゆうさん

『がんばれ元気』『お~い!春馬』『あずみ』などの代表作を持つ小山さんは、マスター江口正明さんが“兄”と慕う古くからの間柄。

マスターの人生に最も深く関わってきた恩人でもある。 

そんな居酒屋「寄港地」は家族経営の店だ。

ホールを担当するのは、俳優としても活動する長女の愛さん。調理を担当しているのが、長男の元氣さん。

父の想いが詰まった店を、今はきょうだいで盛り立てている。

元氣焼き
元氣焼き

お酒に合う人気のメニューが、自家製ダレに漬け込んだ鶏もも肉1枚を豪快に焼いた「元氣焼き」。

さらに、小山さんの作品から名前を取った「直角チーズ煎餅」など個性派料理が勢揃いしている。

マスターは加山雄三に憧れて役者の道へ

渋谷区幡ヶ谷出身のマスター正明さん。

学生時代は柔道や少林寺拳法などの武道に励んでいたが、加山雄三に憧れ、役者の道へ進む。劇団に所属するも、芽も出ないうちに2年で退団。

「これからどうしようか」という時に出会ったのが小山さんだった。

当時人気を博していたボクシング漫画『がんばれ元気』の大ファンだった正明さんは、小山さんの事務所に直接連絡し、訪ねることになった。

小山さんの作品の大ファンだった正明さん
小山さんの作品の大ファンだった正明さん

小山さんから「いま何やっているの?」と聞かれた正明さんが「役者を目指しています!」と答えると、「じゃあ、プロデューサーを探してあげるよ」と言われ、「えっ…ほんとにですか」と驚いたという正明さん。

5歳年上の小山さんは正明さんを弟のように思ったのかもしれない。

後に映画プロデューサーとして名を馳せる山本又一郎さんを、正明さんに紹介。その山本さんの紹介で、芸能事務所に所属し、役者を続けることになった。

しかし、30歳を機に役者を諦め、転職を決意。大学の先輩だった角川春樹さんに誘われ、角川書店に入社した。

「人とのつながりに生かされてきた」という正明さんはある思いを持って、50歳を目前に脱サラ。

「人と人とが集えるような場所を作りたい。昔からそういう場所を作りたいと思っていた」という思いで、2002年に『寄港地』を開店した。

一方、小学校の先生になるつもりで大学に通っていた元氣さん。そんな時、突然の出来事が起こる。

「父親が病気になっちゃって、こんな変な形で店が終わるのも嫌だなと思って。1回僕が働こうかなと思いました」(元氣さん)

正明さんが戻るまで元氣さん、そして愛さんの2人で寄港地を支えた。退院後も元氣さんはそのまま働き続け、すでに4年が経過した。

植野さんが「やっぱり店を継ごうかなとか、そういう思いになるんですか」と聞くと、「まだ分かんないです。でも昔よりはそう思っています」と元氣さん。

すると、正明さんは「こいつがいなくなったら困ると思うんです。だけど、気にしないで好きなことがあったらそっちに行けばいいと思う。自由にやったほうがいい」と息子の背中を押す。

そんなことを言いながらも元氣さんは食べ歩きを重ね、新メニューもいずれ開発したいと思っているという。 

仕事の疲れをそのまま家に持ち帰らず、酒を酌み交わし、少しでも元気になって家路に着く。ふらっと立ち寄る港のような店。そんな思いが寄港地という店名には込められてる。

お酒がすすむと人気のおつまみメニューが「アボカドの明太グラタン風」。

ほどよく熟したアボカドに自家製の明太マヨネーズをたっぷりと塗って焼き上げる。

植野さんは「お酒がすすむ“左手料理”」と絶賛
植野さんは「お酒がすすむ“左手料理”」と絶賛

一口食べた植野さんは「飲みたくなりますね」と思わずビールを欲する。 

寄港地の「アボカドの明太グラタン風」のレシピを紹介する。