食の雑誌「dancyu」の編集長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。
植野さんが「スパゲティグラタンならこのお店！」と信じて疑わない東京・船堀の名店を訪れ、レシピを聞き込み、店主と一緒に作ると、日本一の味に近づくことはできるのか。70年の歴史を誇る名店・「伊勢周」の歴史を振り返り、記事の最後で秘伝のレシピを紹介する。
船堀で70年以上続く名酒場「伊勢周」
都営新宿線が乗り入れ、新宿駅まで30分、東京駅まで25分と都心から好アクセスな船堀駅。その駅前では、東京スカイツリー、東京タワーに次ぎ、都内3位の高さを誇る巨大な船堀タワーが出迎える。
地上103メートルの無料展望室からは、都内や東京湾、千葉方面などを一望できる大パノラマが見え、人気の観光スポットとなっている。
「最も駅から遠い区役所」で知られる江戸川区役所は、2028年に、駅前の船堀タワーの隣に移転予定で、駅周辺は移転に向けさらなる再開発が進むなど、船堀は今、大注目のエリアだ。
植野さんが「ほんとに住宅街ですよ…」と驚くような立地にあるのが、船堀で70年以上続く名酒場「伊勢周」（東京都江戸川区松江3-3-4）。
1952年創業の、厨房を囲むL字型のカウンターが特徴的なこのお店は、L字の内側にも席がある、珍しい作りだ。
見知らぬ客も隣同士自然と仲良くなってワイワイ呑める、そんな昔ながらの温かい雰囲気がいまだ残る下町の人情酒場は、地元の常連客で毎晩賑わっている。
200種を超える「伊勢周」のメニューの秘密
温和な3代目店主の尾崎浩之さんと、笑顔が素敵な女将の貞子さんが切り盛りする家族経営の「伊勢周」。
ポテトサラダに串焼き、馬レバ刺しなど酒場的なメニューはもちろんのこと、チャーハンなどの中華料理や、スパゲティなどの本格的な洋食メニュー、お子様メニューまで200種を超えるメニューが揃っている。
子供から大人まで家族みんなが楽しめる大衆酒場は、どのように作られたのだろうか。
1952年、初代の尾崎周平さんが現在と同じ場所に開店した「伊勢周」。当時、周りの建物は平屋ばかりで、道もじゃり道と、かなりの田舎だったという。
2代目の成春さんは、1962年に貞子さんとお見合い結婚。貞子さんもお店を手伝うようになった。
「（当時は）カウンターだけです。さしみが30円とかそういう時代で、江戸川競艇場がすぐそこにあったので、競艇が終わるといっつも2〜30人は来ていましたね。勝ったお客も負けたお客も、みんな耳に赤鉛筆をつけて…（笑）皆さん帰るとお店は新聞だらけでした」（貞子さん）
家族で切り盛りしていた伊勢周。3代目の浩之さんは店を継ぐ気はなく、会社員として働いていた。しかしある時、初代の周平さんが倒れ入院することに。
小さい頃、よく遊んでもらった祖父に、何か恩返しはできないかと考えた浩之さん。店を継ぐことを決意したという。
「おじいちゃんおばあちゃんっ子だったので、やっぱり助けてあげたいなという気持ちの方が強くなりました。誰にも言われることなく、自分の意志で『入ろう』というふうに決めて、（料理の）専門学校に行って日本料理屋で修行をして、こちらに入りました」（浩之さん）
浩之さんが店に入ってからは2代目と一緒に料理を作る日々。常連さんを飽きさせないようにと、お互いに作れる料理を提供することで徐々にメニューが増えていった。さらに浩之さんは店舗の改装中に洋食店で働き、そこで学んだことを取り入れることで洋食のメニューも増加。一時は300種類ものメニューがあったという。
跡継ぎの姿に安心したのか、2代目の成春さんは2023年の5月にこの世を去った。
店を一人で守ることとなった浩之さんは、自身が作れるものに絞って「伊勢周」のメニューを提供している。
今後について3代目と女将は、“常連”を大切にしたいと笑った。
「うちはすごく常連さんに恵まれていて、常連さんがすごくいい人たちばっかりで、その人を大切に（する店に）したいと思っていて」「良い方ばっかりだね、お客さんに恵まれて」
スパゲティグラタン“秘伝”のレシピ
そんな伊勢周で、締めの定番ともなっている名物メニューが「スパゲティグラタン」、通称スパグラだ。
ひとくち食べた植野さんが、「あー、美味いなこれ…」とつぶやくその味。「ナポリタンとグラタンをただ合わせただけじゃなくて、なんでしょうこのまろやかなコクは…。食べたことがない味なのに、懐かしさを感じる」ものだという。
海老やベーコン、玉ねぎなど具がたっぷり入ったナポリタンスパゲティに、お手製のホワイトソースとチーズをたっぷりかけてオーブンでじっくりと焼いた一品。ナポリタンとグラタン、最強コンビで食欲を刺激する。
伊勢周特製・スパグラのレシピをご紹介する。
