11月10日~12日にフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第4戦・中国大会が行われ、日本男子では宇野昌磨が2位、友野一希4位、山本草太6位、女子では吉田陽菜が初優勝、渡辺倫果が2位で終えた。
五輪2大会メダル獲得、世界選手権2連覇中の宇野はSPで、冒頭4回転フリップを出来栄え点(GOE)3.46で完璧に決めると、続く4回転トゥループからの連続ジャンプ、トリプルアクセルも決めノーミス。
会心の演技で今季世界最高得点を叩き出し、首位発進となった。
一方FSでは4回転フリップが2回転になるなどジャンプのミスが響き2位。しかし演技後に小さくうなずいた宇野の表情は柔らかかった。
優勝を逃したのは22年北京五輪の銅メダル以来となったが、「すごい良い滑り出しだったんじゃないかなと思います」と振り返った。
絶対王者、宇野はこのGPシリーズ中国大会が今季初戦。
競技者として例年よりも約2カ月遅いスタートを切った。その背景には、2連覇を果たした世界選手権後に感じたある思いがあった。
競技から離れて芽生えた感情。そして、今季目指す理想の演技とは。
ショー出演で気づいた“楽しさ”
「もう全然競技のことは考えてなくて、ショーに完全に振り切って練習していたという感じです」
五輪2大会連続のメダル獲得、日本史上初の世界選手権2連覇と堂々の実績で、日本男子シングル界の絶対的エースに君臨する宇野昌磨。
この記事の画像(11枚)試合の準備に費やすという例年のオフシーズンから打って変わり、今年は主人公ルフィ役を演じた「ワンピース・オン・アイス」を筆頭に数々のアイスショーに出演した。
その経験から再認識できたことがあったという。
「スケートって、ジャンプがなくても、すごく楽しいなということ。目標に向かって全力で取り組むのが、やはり楽しいということを再認識できて。日々の練習にやりがいを感じながら練習できている」
そう語る宇野は去年のシーズン後半、モチベーションの維持に苦しんでいた。
目指すのは「自分のためにする演技」
昨シーズンを振り返る宇野は「なんかちょっと面白くないなというのが一番の心境だった」と語る。
毎日練習をしていても、「自分の目標とやらなければいけないものがマッチしない」ことが気になっていたという。
また、結果を追い求めるため、よりジャンプに練習が加速してしまったという今までの自身の演技について、「これでこんなに点数もらえるんだって思ってしまう自分の演技に対して、もう一度見たいと思わない演技だなというのは痛感していました」と振り返る。
4回転ジャンプ4種類を跳ぶことのできる宇野は、「ジャンプを全力で、ジャンプだけを頑張って練習する選手になっている自分が嫌だ」と、自分の理想とする演技との乖離に苦しんでいた。
そんな世界の頂点に2度立った男が次に目指すのは、「自分のためにする演技」だ。
このまま競技人生が終わるのは嫌だ
宇野の意思は、今季のジャンプ構成にさっそく反映された。
フリーの得点源である「4回転サルコウを跳ばない」という競技者としては異質の決断を宇野はしている。
「ジャンプをまず跳ぶということは、順位を求める上で必要なことでしたし、結果2回も世界選手権で優勝できた。もう本当に喜ばしいことなので、そっちはもういいかなと思っていて、表現を頑張ってみたいなって」
向き合い続けてきた4回転サルコウは回避し、その労力はこれまで精度をやや欠いていたコンビネーションジャンプに費やしていく。
そうしてプログラムの完成度を高めた上で、全力で“表現”に力を注ぐ狙いだ。
いままで、宇野は“自分の演技に満足”したことは、あったのだろうか。
聞いてみると宇野は、全日本選手権初優勝を飾った2016-17シーズンのフリースケーティングを挙げた。
情熱的なタンゴで演じた『ブエノスアイレス午前零時/ロコへのバラード』。
「僕がギリ記憶に残っているのは、『ロコ』をやっていた時とかぐらいですね。もうあれは、若さ故の粗い部分はありましたけど、1個1個の試合にもう全力で、つなぎも全力でやれていた」
さらに、影響を受けた演技に高橋大輔さんの『オペラ座の怪人』、そして宇野が“世界で一番スケートが上手い”と称えるステファン・ランビエールコーチを挙げた。
「こういったスケーターに、同じベクトルでは無理だとしても、表現も捨てず、ジャンプも捨てず、両方をやった時に、やっぱり競技者としてやることで、“自分の滑る場所はここかな”というのは、現時点では思っています」
こうした決意のもと、表現に注力していくことで、よりハードなプログラムに挑戦することになる。それは宇野自身も感じ取っているようだが「別にこれをすごいことだとは思ってほしいわけでもない」と冷静に受け止めてもいる。
だからこそ、宇野は今シーズン「自己満足」を掲げ、「このまま競技人生が終わるのは嫌だ、自分を納得させたい」という一心で前へ突き進む。
ボロボロの演技でも笑顔で挨拶できる自分でいたい
「まずは自分がジャンプにも表現にもスピンにも、全てに100パーセントの力を注いだ演技をしてみたいですね」
今季の新プログラムはともに、自分の粗いところが出やすいというスローテンポな曲をあえて選択した。
「次のステージだと思っていて。まずはもう自分の全力を出すという試合で、ペース配分とか考えずに滑ってみたいですね」と意気込む。
次に見据えるのは、約1カ月後に控える12月の全日本選手権。
そこで優勝を果たせば、6度目の優勝となり羽生結弦さん、浅田真央さん、憧れの高橋大輔さん(アイスダンスでの優勝を含む)と錚々たる顔ぶれに並ぶ大偉業達成だ。
そのことについて問うと、「もう好きなだけ期待してほしいですね。世界選手権3連覇も、全日本6度優勝も、1、2年前なら意識しないようにとか、“まずは自分の演技を”と思っていた。もう本当に期待に応えられるなら、なるべく応えたいと思っています。できなかったら、すみません!ぐらいの気持ちです」と前を向く。
さらに宇野は「ボロボロの演技をしても、めっちゃ笑顔で挨拶している自分でいたい。そういう選手でいたい」と語る。
今シーズン、宇野昌磨は“宇野昌磨”という難敵を満足させることができるのか。
彼の新しい挑戦が始まる。
全日本までの道の詳しい概要はフジスケでhttps://www.fujitv.co.jp/sports/skate/figure/index.html
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