日本サッカー界の一大イベント、JリーグYBCルヴァンカップ。
リーグ戦、天皇杯と並ぶサッカー国内3大タイトルの一つであり、Jリーグ最強クラブが決まるルヴァンカップFINAL名古屋グランパスvsセレッソ大阪が、10月30日、埼玉スタジアムで2年ぶりに行われる。
その舞台で戦う選手たちにある、それぞれのドラマを追った。
今回は、フィジカルに悩みながらも、母の手料理でプロに、そして名古屋グランパスをルヴァンカップの決勝戦に導いた稲垣祥。
「プロは厳しいのかな」と感じた学生時代
10月10日のルヴァンカップ準決勝、FC東京との第2戦。ゴールポストにぶつかりながらも泥臭くヘディングで押し込んだ稲垣祥の決勝弾が、名古屋グランパスを初のルヴァンカップFINALへと導いた。
豊富な運動量と無骨なプレーで、チームを支えるMF稲垣祥、29歳。彼こそが名古屋グランパスの心臓だ。
今年3月30日に行われたワールドカップ・アジア2次予選モンゴル戦で日本代表デビューを果たし、2得点もあげた稲垣のサッカー人生は、決して順調なものではなかった。
4歳でサッカーを始め、中学時代はFC東京 U–15むさしに所属。
14歳で全国準優勝を経験したものの、フィジカルの関係でU-18への昇格は果たせなかった。
「不安というか、常に葛藤しながら生活していたと思います。ユースに上がれないとなって、つらいモノがありましたし、自分は（プロには）厳しいのかなという思いも少なからず抱きました」
人より一回りも、二回りも身長が小さかった稲垣が周りと肩を並べるには、とにかく体力が必要となる。試合でも練習でも限界まで走って、走って、走りまくった。
朝3時に起き、大量の弁当を作った母の支え
そんな彼を心配し、気を配ったのは誰よりも近くにいた母・順子さんだった。
「量がすごかったんですね。毎日3合のご飯とそれの分のおかずを作っていたので。いつも3時に起きて口癖のように『夜なんだか、朝なんだか』という感じで作ってましたね」
そんな母の姿を目の当たりにしていた稲垣は、母の支えに感謝している。
「朝とかは4時に大量のお弁当を作ってくれていて。それでも文句なんて言われたことは一回も無かったし、自分のサッカーのためには労を惜しまず、全てを捧げてくれていたので」
帝京高校サッカー部に所属した稲垣は、身体が小さくとも志は高く、プロサッカー選手になることだけを目標として走り、そして食べた。
「当時はサッカー部も野球部もそういうルールがあって、“3合飯”みたいな。食べるのがトレーニングという文化で。朝練後に食べて、2時間目が終わって食べて、お昼休みにも食べてみたいな。結構でかいタッパーでした」
入学時には華奢だった身体も3年間で大きく成長し、レギュラーポジションもしっかり確保し活躍した。母のサポートを受け、がむしゃらに頑張った高校の3年間。2回の全国大会出場と、3年時にはキャプテンも務めたが、現実は残酷だった。
熱望していたプロの世界からは声はかからず、2010年、当時大学2部リーグにいた日本体育大学に進学となった。
「両親の存在が無かったら今の僕はない」
「大学の4年間が長いサッカー生活の最後だと思っていたので、もう楽しんで欲しいと思っていたし。年代別の代表にもなったことも無かったですし、そこそこ上手いぐらいの認識だったと思うので、本人も（プロになる）つもりはなかったと思います」
順子さんは当時をそう振り返った。
しかし苦労を知る者は、感謝の気持ちを忘れずにプレーできる。そういう選手は大舞台で輝く権利を持っている。
大学でもキャプテンを務めていた稲垣のもとに、2014年、ヴァンフォーレ甲府からオファーが届いた。
「甲府からお話しを頂いて『是非来て欲しい』と言ってもらえたときとかは、何より両親含め家族に報告できることが嬉しかった」
その報告の電話は、母の誕生日だった。
「ちょうど私の誕生日の日に電話をしてきて、『お誕生日おめでとう』みたいな話をしたついでに、こちょこちょと言ってきたので、『え！？』って言う感じで。本当にプロになるんだぁという感じでした」
ヴァンフォーレ甲府で活躍を続けた稲垣は、2017年にはサンフレッチェ広島に移籍。2020年から所属する名古屋グランパスでは、今季キャリアハイとなる8得点を記録している（10月22日時点）。
走り続けてきた男が掴み取った、ルヴァンカップFINALへの切符。
「両親の存在が無かったら今の僕はないですし、おそらく当日も（埼スタ）に見に来てもらえると思うので、良い姿を見せて親孝行できたらと思います」
残す最後の90分を走り切る腹ごしらえは、もちろん十分だ。
2021JリーグYBCルヴァンカップ決勝
名古屋グランパスvsセレッソ大阪
10月30日(土) 午後1時〜（フジテレビ系列・全国生中継）
https://www.fujitv.co.jp/sports/soccer/levaincup/index.html
