札幌市豊平区にあるコミュニティーラジオ局「FMアップル」が4年前に始めた「みんな食堂」。

ここでは、月1回、親子が集まって一緒にご飯を食べている。FMアップルの放送局長・塚本薫さんは、子どもたちにとって“第二のお母さん”のような存在。

FMアップル・放送局長の塚本薫さん
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そして、食堂の人たちは、親子の困りごとの解決にも力を尽くす。しかし、北海道内でも新型コロナウイルスの感染が拡大し、食堂は休止を余儀なくされた。子育ての“孤独”さが強調される時代に、解決していくヒントを探っていく。

後編では、NPO法人が行う学習支援でサポートを受けながら勉強をしていた中学生の少年の成長とその後に迫る。「経済的に早く自立したい」と考え、自分の道を切り開いていくが、新型コロナウイルスによってとん挫する。

そして、同じくコロナの影響により「みんな食堂」や勉強会ができなくなってしまった「FMアップル」の取り組みを追った。

(全2回、#1はこちら

成人式に晴れ着を…

深堀麻菜香さん

経済的に厳しい中で育ってきた大学生の深堀麻菜香(まなか)さん。

塚本さんが開く「みんな食堂」の学習会で子どもたちに勉強を教え、保護者のサポートも行っている。

金銭的な不安を抱えながらも大学へ進学し、20歳になっていた深堀さんは「将来の自分を想像できませんでした。中学生になったら、「高校どうしよう」。高校生になったら「大学どうしよう」と、一段階先のことすら考えられなかった。その時、その時を生きるのが必死で、今しか見えてなかった」と振り返る。

毎年、区の成人式で司会を行っている、FMアップルで放送局長を務める塚本さんは、2019年の成人式も司会をするにあたり、20歳を迎えた深堀さんのことが気になっていた。

そこで、新成人の深堀さんと母親をラジオ局へ呼び、あるものを見せた。それは成人式で着る晴れ着。深堀さんに着てほしいと差し出したのだ。

「自分が着られるとは思ってなかった。本当にうれしい」と笑顔を見せた深堀さん。

中学生のときに父親がいなくなり、この町に引っ越してきたため、成人式の会場に知り合いはいない。しかし、式で司会を務める塚本さんが近くにいることが心強かった。

深堀さんも「今回は麻菜香ちゃんでしたが、着物を着られない子がいるかもしれないという実感が湧きました」と、来年以降は地域の人々の協力を得て、サポートしていく考えだ。

さらに塚本さんは晴れ着姿の深堀さんをラジオ局へ呼んで出演してもらうことにした。マイクに向かって成人したことの抱負を語る深堀さんを、まるで母親のように見つめる塚本さんは幸せそうな表情だ。

「自立したい」とラーメン店を開店

2019年4月、札幌中央区にラーメン店がオープンした。店長は18歳(当時)の遥輝(はるき)くん。

遥輝くん

4年前、当時高校2年生だった深堀さんは、札幌の認定NPO法人カコタムが母子家庭や生活保護世帯の子どもを対象に開く、学習支援の教室でボランティア支援を始めた。そこで勉強を教えていたのが、当時中学3年生の遥輝くんだった。

深堀さんに勉強を教わる遥輝くん

遥輝くんは母子家庭で母親には持病があり、家に残して外に出るのは不安だったという。不登校の時期もあったが、自分が動いたら何か変わるかもしれないと参加していた。

ボランティア講師のサポートを受けて臨んだ高校受験は、見事合格。遥輝くんはいつしか「将来、子どもたちのために何かしたい」と思うようになる。

一方で、「なるべく早く経済的に自立したい」とも考えた遥輝くんは、「親が働けない、働いていない時点でほかの家とは違う。さらに、病気ってなると違う。ほかの家と同じような生活をしていたらいつ終わるか分からない」と将来への不安をこぼしていた。

遥輝くんは進学した高校を1年で中退し、ラーメン店でアルバイトする決断をした。

2019年は1月1日から働いていた。初詣帰りの客で混雑する店で手際よくラーメンを作る。

「単位は取っていたので籍を残しておけばと言われたんですけど、中途半端は嫌い。どちらかにしようと思って、学校を辞めて。なんとかやっています」

かつて勉強を教えていたボランティアたちは中退したことを聞き、心配していた。しかし、遥輝くんは時々、教室を訪れて近況を報告してくれた。

深堀さんに近況を報告する遥輝くん

こうした遥輝くんの姿に深堀さんは「引きこもることもなく、縁を切ることもなく、自分から顔を見せに来てくれる。細く弱くつながっているだけでもいいかなと思います」と嬉しそうだ。

そして4月に自身のお店をオープン。開店の日に訪れた深堀さんに、自慢の味噌ラーメンをふるまった。

遥輝くんは、深堀さんのようにサポートしてくれる人たちを「昔から知っている人たちは『独立した』と言ったら来てくれたりして、本当に親戚みたい」と感謝する。

店を閉めて帰ると22時。それから売上を計算していく。なんとか経営を軌道に乗せようと朝から晩まで頑張っていた。

さらに遥輝くんは、自分が勉強のサポートを受けたNPO法人の学習支援に通う子どもたちを店に招待した。ボランティアに支えられたように、自分も何かしたいと、温かい1杯を子どもたちへおくる。

15歳のときの夢を叶えた遥輝くん。「メシさえ食えていれば元気に遊ぶことができる。勉強もできる。メシを食うときに元気出ていればいいかな」と笑う。

新型コロナウイルスの影響が…

そんな中、地域の人たちが集まる「みんな食堂」にも新型コロナウイルスの影響が襲った。

北海道は2月に独自の緊急事態宣言を出し外出自粛になり、全国に先駆けて学校も一斉休校に。もちろん「みんなの食堂」や学習会も中止となってしまった。

休校が続いていた3月初め、深堀さんとななみさんたちはある場所へ向かっていた。

母子家庭で育つ、現在中学生のななみさんは、小学生の頃から「みんな食堂」でご飯を食べたり、深堀さんに勉強を教えてもらったり、親子でサポートをしてもらったりしたことで、深堀さんを慕っている。

向かった先は、不登校や引きこもりの若者の支援をするNPO法人「訪問と居場所 漂流教室」。感染予防をしつつ、フリースペースを開放していたこの場所でご飯を作り、勉強をして、久しぶりの一緒の時間を楽しんだ。

「学校もない、居場所もない、結局家にいるしかない。でも、家に居づらい人も一定数いて、そうなったときに『漂流教室は開けます』と言ってもらえた」と、ホッとした表情を見せる深堀さん。

休校中の子どもたちの食事を心配していたため、この日一緒に食べることができて安心したと話す。

休みの間、自分で食事を作っている子もいたという話を聞いた深堀さんは、「この状況だから仕方がないとはいえ、子どもたちの日常が奪われてしまった。その代わりに楽しいことが出来たらいいなと思います」と現状に複雑な心境だ。

順調だった遥輝くんのお店にも、新型コロナウイルスの影響が及んでいた。

客足は2月から次第に減っていき、外出自粛要請を受け、売上は以前の3分の1にまで落ち込んだ。

「いろいろ考えることはありすぎてパンクしそう」と明かし、それでも「コロナの影響を受けても生き残ったらかなり強いと思う」と前を向いていた遥輝くんだったが、4月初めから無期限での休業を余儀なくされた。

新型コロナウイルスの影響で、大学生の就職も厳しくなると言われている。子どもたちに勉強を教えていた深堀さんも卒業が1年後に迫り、自分の将来について考える時期が訪れた。

母親の峰子さんは、企業に就職して生活を安定させてほしいと願っていたが、深堀さんは企業で働かず、卒業後は子どもと関わるNPO法人で働こうと決めていた。

苦労して育ててくれた母親の気持ちは分かっていたが、思いは変わらない。

新型コロナウイルスの影響で経済は厳しさを増し、深堀さんはかつての自分のような子供が増えるのではないかと心配している。

大人に気を遣って子どもが口にできない不安や悩み、そんな思いを受け止めたいと思っている。

「子どもたちの話を聞くのが一番。漠然と抱えたモヤモヤや言葉にできないことを発散できるのがいいかな。人に言えない、友達とも会えない中で、話せなかったこととか、行き場所のなくなった子どもたちの気持ちを受け止められたら」

3月には、ななみさんの母親・アキさんが専門学校を卒業し、保育士の資格を取得した。心に浮かんだのは応援してくれたななみさんのことだった。

ななみさんを抱きしめるアキさん

アキさんは「ななみはよく我慢してくれた。(中学校の)入学式に行かないのに、文句も言わずにずっと味方でいてくれたなって」と娘への気持ちを明かし、娘に卒業できたことを報告した。

コロナ禍だからこそできること

新型コロナウイルスの感染拡大は治まらず、「みんな食堂」と学習会は休止が続いた。

そこで塚本さんは、臨時休校が長期化する中で親子向けの番組を始めた。

「マイクの向こうに親子がいることを想像してやっています。先が見えない、休校の延長もあって、親子のみなさんが喜んでくれたらいいなと思います」

4月、緊急事態宣言が出されると子どもたちと会うことも難しくなり、深堀さんは通信アプリを使って学習支援を始めた。コロナ禍のなかでも、家庭環境によって学力に差が出ないようにしたいと思っているからだ。

勉強以外にも子どもたちから来る質問に答えていく。

「子どもたちの悩みも聞いたりします。友達に会えなくて寂しいとか、勉強が遅れていることを不安がっている子もいる。でもやっぱり、顔を見て一緒にご飯を食べたい」

5月、緊急事態宣言が延長された中、自身のラーメン店を無期限休業している遥輝くんは、求人の減少もあって、なかなか新しい仕事を見つけられずにいた。

「こうなるとは思っていなかった…」と悔しさを口にする。食品関連の工場で働こうとしたが、直前に体調を崩してしまった。

「なんとか元の生活に戻すことを考えないと、ほかのことを考えている余裕がない」

新型コロナウイルスの感染拡大によって、当たり前にできていたことがどんどん難しくなっている。一緒にご飯を食べること。好きな人と会うこと。勉強をすること。

深堀さんたちは、そうしたことを守りたいと考えている。“また会える日まで”子どもたちのためにできることをする、「みんな食堂」の奮闘は続いていく。

【#1】子どもたちが過ごす夜の居場所。“第二のお母さん”が見守る食堂は、母も子どももサポートする

(第29回ドキュメンタリー大賞『りんごのまちで育つ子へ 親子を支える「みんな食堂」』後編)