札幌市豊平区にあるコミュニティーラジオ局「FMアップル」が、4年前に始めた「みんな食堂」。ここでは月1回、親子が集まって一緒にご飯を食べている。    

この「みんな食堂」を運営する、FMアップルの放送局長・塚本薫さんは、子どもたちにとって“第二のお母さん”のような存在だ。

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食堂の人たちは、親子の困りごとの解決にも力を尽くす。しかし、北海道内でも新型コロナウイルスの感染が拡大し、食堂は休止を余儀なくされた。子育ての“孤独”さが強調される時代に、解決していくヒントを探っていく。

前編では、「みんな食堂」に来た一人の少女と母親の成長。そして、食堂で勉強を教える大学生を通して、血のつながらない人たちが作る“家族”の存在や、地域の人が“親代わり”としてサポートする心強さに迫っていく。

(全2回、#2はこちら

一緒に夜を過ごす居場所に

札幌市豊平区平岸地区は、明治時代からリンゴ栽培で栄えてきた。その後、高度成長期を経てリンゴ園は住宅地に姿を変えたが、リンゴ並木は今も街のシンボルだ。

コミュニティーラジオ局「FMアップル」は、2016年からこの場所で「みんな食堂」を開いている。

2019年春のある日も学校帰りの子どもたちが、宿題をしたり遊んだりしながら、食事ができるのを待っていた。

この食堂を運営するFMアップルの放送局長・塚本さんは、ここに一人で来る子にも来た理由は聞かないという。

「名前や住所を聞いたりしない。ここで顔を合わせて『元気だね』って、それを確認しながら心の交流をする、そんな居場所だと思います」

「みんな食堂」では2018年の秋からは毎月の食事会に加えて週に1回の学習会も始めることになった。

学習会が始まって間もないこの日は、5人の小学生が集まっていた。ここで食べる食事を楽しみにしている子も多く、メニューを聞くと「やったー!」と大喜びだ。

学習会の先生役は、大学生の深堀麻菜香(まなか)さんだ。

深堀さんが「みんな食堂」へ向かって歩いていると、深堀さんの姿を見つけた女の子が抱きついてきた。子どもたちは深堀さんをまるで姉のように慕っている。

宿題が終わらない子どもは、深堀さんの予定を聞き出すなど、学習会以外でもどうにかして会えないかお願いしていた。休憩時間用のご飯を作る塚本さんもその様子を見ながら、「みんな麻菜香が好きすぎて、一緒にいたいだけでしょ」と会話に混じる。

まるで家庭の中の一幕のようだ。

「みんな食堂」を始めた理由について塚本さんは「親が忙しかったり、経済的な困難があったり、子どもたちの背景はさまざまだが、一緒に過ごす夜の居場所になれば」と考えたそうだ。

「彼らの親は忙しいと思います。共働きで両親が遅くまで働いているご家庭もあるし、シングルだったり、夜遅くまで働いていたりする家庭もあります。私もそうでした。子どもに手作りのご飯を置いてきているからということを逃げ道にしていました。一人で食べるご飯がすごく寂しかったんだろうなって、今になってすごく思います」(塚本さん)

塚本さんは先生役の深堀さんに特別な感情がある。「まなちゃんが自分で道を切り開いているのは“エライ!”と褒めたい」。

勉強も親子もみんなでサポート

深掘麻菜香さん
深掘麻菜香さん

学習会で先生役を務める深堀さんは、経済的に厳しい中で育った。私たちが“子どもの貧困”というテーマで取材を始めた5年前に彼女に出会った。

「お金の取り立ての電話が来たり、インターフォンが鳴ったり。電気代を払っていないということで電気が止まったとき、母がその日残業で夜10時まで帰ってこなかったので、ずっと電気がつかずに真っ暗な中にいました」(深堀さん)

3歳のとき、父親は正規の仕事を失い、本州に出稼ぎにいったものの、お金を送ってこなくなり、中学生のときには連絡が取れなくなった。

ローンが払えなくなった家を手放し、母親と2人の妹と一緒に引っ越しを余儀なくされた。そして高校2年生で、札幌のNPO法人「カコタム」で学習支援のボランティアを始めた。

深掘さんは「勉強ができるかどうかが、お金の格差で決まってほしくない。お金が無くても勉強ができる子もいるので、お金がないことですべてのことを諦めてほしくない」と語る。

自身の将来については、正規の仕事に就いて母親を安心させたいと語っていた。「正規の仕事に就いて収入を得て、仕事とお金の面でちゃんとしていけたら貧困を抜け出せるんじゃないかな…」。

2017年3月、深堀さんは高校を卒業した。

母親が働きながら、足りない分は生活保護を受けていたが、生活保護世帯からの大学進学は原則として認められていない。深堀さんを別世帯とすることで大学進学は可能になるが、学費は奨学金やアルバイトで賄うことになる。

お金の心配をしながら卒業を迎えたが、深堀さんは大学が独自に設けている返済不要の奨学金を利用。また学習支援のボランティアをしていることを知った人が、一部学費の支援をしてくれることになった。深堀さんは、大学へ進学することを決めた。

小学6年生で12歳のななみさん(2018年当時)にとって、深堀さんは大事な相談相手だった。

「お母さんは仕事の疲れもあるし、自分が相談するともっと疲れると思う。あまり心配を掛けたくないから、家族の次に身近な人に相談することが多い」と、女手一つで育ててくれる母親には心配をかけられないと思っている。

最初は1人で来ていたななみさん。2019年2月に訪れると、毎月の「みんな食堂」に、ななみさんの母親・アキさん(仮名)も来ていた。人と関わることが苦手ではじめは緊張する様子だ。

その原因は、小・中学生のときに受けていた“いじめ”にあるという。

「学校の臭いを嗅いだり、教室の前に来たら苦しくなって。ここで倒れたら大騒ぎになると思って、教室の前を通り過ぎて階段を下りて帰りました」と明かすように、アキさんはななみさんの参観日に6年間、行くことができていない。

2019年3月、ななみさんの小学校の卒業式に出席する母親のアキさんの隣には「みんな食堂」の深堀さんがいた。

深堀さんは入学式もサポート
深堀さんは入学式もサポート

アキさんは「心強かった。温かい気持ちになれたし、落ち着いていられました。誰かが来てくれることは、今までの私たちになかったので、すごくうれしかった。外に出るのもイヤだったし、誰にも会いたくなかったけど、連れて行ってくれたり、つなげてくれたりすることでちょっとずつ人の中に入っていける」と明かす。

親子を支えている深堀さん。その姿を見ていたななみさんは、自分もそんな人になりたいと思うようになっていったという。

ななみさんは「深堀さんはみんなを笑顔にしているから、見ていていいなと思うし、自分も将来、周りを笑顔にしたい」と笑った。

子どもや保護者が求めていることを

2019年4月、ななみさんの中学校の入学式には「みんな食堂」の塚本さんが付き添った。

母親のアキさんは、新しい仕事に就くための職業訓練を受けなくてはならないこともあり、塚本さんに「代わりに見届けてほしい」とお願いをしたという。これは初めてのお願いごとだった。

中学生になったななみさんの姿を見て、目に涙を浮かべる塚本さん。

「最初は『食堂でご飯を食べよう』だったのが、いつの間にか『勉強したい』になって。親代わりというのはおこがましいですが、こうした依頼が来て、私は子どもたちが求めていることをやればいいんだと入学式を見て思いました。“これから何かをやろう”というよりも、“子どもや保護者の求めていることをやる”」(塚本さん)

ななみさんも「自分の入学式を(塚本さんに)見てもらってうれしかった。第二のお母さんみたい。ママがいないときに支えてくれるお母さんみたいな感じ」と嬉しそうな顔だ。

塚本さんが食堂と学習会を始めたきっかけは、自分の子育てに経験にあった。

「どうせ、どうでもいいんでしょ。仕事の方が大事だもんね。参観日とか来なくてもいいから」

そう子どもから言われた塚本さんは、仕事の合間を縫って参観に行ったところ、同級生の保護者の言葉にショックを受けたという。

「そのとき、一緒にいたお母さんに『来られたんだね』って言われて。『うちのお母さんは忙しいから、参観日なんて忘れていると思うし、来ないよって言ってたよ』ってその方に言われたんです。それに驚いてしまって…。あの子は心の中でそう考えているんだと思ったときに、すごく胸が痛かった。あの頃、“みんな食堂”があったら絶対に行かせてました」

「人が怖い」と話していたアキさんも、「みんな食堂」に度々顔を出すようになっていた。食事のあとは塚本さんと片付けをしながらおしゃべりで盛り上がる。

国の就業支援制度を利用し、保育士の資格取得を目指していたアキさんは、専門学校に通いつつ、空いた時間にも勉強を続けた。

「2人で生きていくのに何の資格もなかった。(ななみに)最後に見せるチャンス。“あんなやつでも頑張っていた”と思ってもらえたら」と前を向く。

ななみさん、そしてアキさんを側で支える深堀さんは、不登校や引きこもりなどの若者を支援するNPO法人「訪問と居場所 漂流教室」で毎月行われている交流会に、アキさんを誘った。

ここでもボランティアをしている深堀さんは、アキさんに「無理をせず、自分たちを頼ってほしい」と伝える。

安心できる場所ができたことで、少しずつ変わっていくアキさん。

岩見沢市で行われたイベントにもななみさんとアキさんは親子でボランティアとして参加。障がいのある子とその家族、ボランティアが1泊2日のキャンプを楽しむイベントで、2人は子どもたちをサポートしていた。

このイベントに参加した理由についてアキさんは、塚本さんのように“人のために何かできれば”と思うようになっていったからだと言う。

ななみさんにも将来の夢ができた。

「お医者さんになりたい。障がいのある子でも元気を出してもらいたいし、心と命を救いたい」

後編では、深堀さんが学習支援のボランティア講師として、勉強を教えていた中学生の少年のその後に迫る。「経済的に自立したい」と考え、自身の道を歩き始めたときに、新型コロナウイルスによって道が閉ざされてしまった少年。そして、同じくコロナの影響により「みんな食堂」や勉強会ができなくなってしまった「FMアップル」の取り組みを追う。

【#2】「顔を見てご飯を食べたい」コロナ禍だからこそ子どもたちをサポートする札幌のコミュニティーラジオ局の奮闘

(第29回ドキュメンタリー大賞『りんごのまちで育つ子へ 親子を支える「みんな食堂」』前編)

北海道文化放送
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