米露の駆け引きはテーブルにつく前から…

アラスカで、8月15日(現地日時)に行われた米露首脳会談。2022年のロシアのウクライナ侵攻以来、初めて米露の2人の大統領が顔を付き合わせて会談を行った。

しかし、米露の駆け引きはテーブルにつく前から始まっていたようだ。

トランプ大統領は、専用機に乗ってやってくるロシアのプーチン大統領をレッドカーペットに案内すべく待ち構えていた。

米露首脳会談に向けて演台をセッティングするアメリカ軍兵士たち
米露首脳会談に向けて演台をセッティングするアメリカ軍兵士たち
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会場となったのは、米国アラスカ州エルメンドルフ・リチャードソン統合基地。

プーチン大統領は、ロシアの事実上の大統領専用機であり、空飛ぶ司令部とも位置づけられる、たった3機しか存在しないIL(イリューシン)96-300PU型機から基地に降り立った。

露大統領専用機IL-96-300PU 機体各部にアンテナが目立つ
露大統領専用機IL-96-300PU 機体各部にアンテナが目立つ

IL-96-300PUの特徴は機体各部に立つアンテナの存在だ。

トランプ大統領に促されてレッドカーペットの上に立ったプーチン大統領は、アメリカ空軍の「空の支配者」F-22A戦闘機の間を歩くように促される。

米露両大統領の左右にはアメリカ空軍F-22A戦闘機が並ぶ
米露両大統領の左右にはアメリカ空軍F-22A戦闘機が並ぶ

その瞬間、プーチン大統領が見上げたその先には、B-2Aスピリット戦略爆撃機とF-35AライトニングⅡステルス戦闘機の編隊飛行が現れた。

B-2A爆撃機とF-35A戦闘機の編隊飛行。地上にF-22A戦闘機があり六月のイラン攻撃に使われた機種が揃えられた
B-2A爆撃機とF-35A戦闘機の編隊飛行。地上にF-22A戦闘機があり六月のイラン攻撃に使われた機種が揃えられた

B-2A、F-22A、F-35Aは、6月に実施されたイランの核関連施設への打撃作戦「ミッドナイト・ハンマー」に参加した機種である。

ベッセント米財務長官のX投稿「トランプ大統領は力による平和を実証した」
ベッセント米財務長官のX投稿「トランプ大統領は力による平和を実証した」

この一連の映像をSNSに投稿したベッセント米財務長官は、「トランプ大統領は力による平和を実証した。彼はまさに現代を象徴する政治家である」と書き添えた。

「力による平和」を実証する米側の“歓迎”

スカヴィーノ米大統領首席補佐官代理が投稿した映像を再確認すると…

米大統領専用車内でのトランプ氏とプーチン氏(スカヴィーノ米大統領首席補佐官代理Xより)
米大統領専用車内でのトランプ氏とプーチン氏(スカヴィーノ米大統領首席補佐官代理Xより)

プーチン大統領は、トランプ大統領と共に米大統領専用車両「ビースト」に乗り、まるで念を入れるかのように、その車列は地上に配置されたB-2Aスピリット爆撃機の傍らを通過した。

米B-2A爆撃機の前を通過する米露両大統領を乗せた米大統領専用車両(スカヴィーノ米大統領首席補佐官代理Xより)
米B-2A爆撃機の前を通過する米露両大統領を乗せた米大統領専用車両(スカヴィーノ米大統領首席補佐官代理Xより)

一連の米側の「力による平和」を実証する“歓迎”ぶりに、プーチン大統領の脳裏に何がよぎったかは定かではない。

米露首脳会談後の記者会見では、プーチン大統領から口火を切り、トランプ大統領より長く言葉を費やした。

米露首脳会談後のプーチン・トランプ共同記者会見(ホワイトハウス公式HPより)
米露首脳会談後のプーチン・トランプ共同記者会見(ホワイトハウス公式HPより)

プーチン大統領との会談を終えたトランプ大統領は、「アラスカでの会談を経て、プーチン大統領はウクライナへの安全の保証を受け入れた」と発言。

16日の投稿で「ウクライナのゼレンスキー大統領は、望めばロシアとの戦争をほぼ即座に終わらせることも、戦い続けることもできる。戦争の始まりを思い出してほしい。(12年前、銃弾は一発も発射されずに!)オバマがクリミアを失わせ、奪還は不可能だ。ウクライナがNATOに加盟することも不可能だ。決して変わらないものがあるのだ!」と書いた。

トランプ米大統領のX「ゼレンスキー大統領は、望めばロシアとの戦争をほぼ即座に終わらせることもできる」
トランプ米大統領のX「ゼレンスキー大統領は、望めばロシアとの戦争をほぼ即座に終わらせることもできる」

トランプ大統領のこの段階での言葉は、まるで、戦争を終わらせるのも、戦闘を続けるのも、プーチン大統領というより、ゼレンスキー大統領次第と言わんばかりにも聞こえる。

そのゼレンスキー大統領は18日、ワシントンDCでトランプ大統領と会談を行い、その後、イギリスやフランス、ドイツ、イタリア、フィンランドの5か国及びEU=ヨーロッパ連合とNATO=北大西洋条約機構の首脳らも交えて、トランプ大統領との会合を行った。

ルビオ米国務長官(資料)
ルビオ米国務長官(資料)

ルビオ米国務長官は、その前日、17日に「(ロシアとウクライナを)和解させるのは難しい。(米露首脳会談で)ある程度の進展があったが、これからはその進展をフォローアップする必要がある。最終的には、ゼレンスキー氏、プーチン氏、トランプ大統領の3人の首脳による会談で、最終決定を下すことになる」と述べ、ウクライナ=米=露の三者会談に前向きな姿勢を示していた。(Foxビジネス・インタビュー 8/17付)

ロシアはウクライナとの首脳会談に応じるのか?

では、ロシア側は、ウクライナ=米=露の三者会談にどんな姿勢を示しているのか?

ロシアは21日に、ウクライナ西部に大規模な航空攻撃を行い、ウクライナ領内にあった米国の電子機器企業Flex社の工場にもロシアの巡航ミサイル2発が着弾。工場の3分の1が焼失し、従業員約600人のうち15人が負傷したと伝えられている。

ロシアの巡航ミサイル攻撃を受けたとされるウクライナにある米Flex社の工場(8/21)
ロシアの巡航ミサイル攻撃を受けたとされるウクライナにある米Flex社の工場(8/21)

その翌々日の23日、アラスカでの米露首脳会談にも同席したロシアのラブロフ外相は、米メディアのインタビューに答えて「プーチン大統領は首脳会談の議題が準備でき次第、ゼレンスキー大統領と会談する用意があるが、今回の議題は全く準備できていない」として、ウクライナ=ロシアの首脳会談を急がない姿勢を示した。

アラスカでの米露首脳会談に同席したラブロフ露外相(黄色丸)(8/15)
アラスカでの米露首脳会談に同席したラブロフ露外相(黄色丸)(8/15)

ウクライナ領内でロシア軍が進軍を続け、ロシアの旗を掲げ続けている以上、ロシア政府は軍の動きを停めることには、消極的ということなのだろうか。

ウクライナ・ドネツク州でロシア国旗を掲げるロシア兵
ウクライナ・ドネツク州でロシア国旗を掲げるロシア兵

トランプ大統領は22日、和平に向けた努力のいかなる側面にも「満足していない」と述べた。

これは、1週間前、トランプ大統領自らがアラスカでロシアのプーチン大統領と会談したにも関わらず、22日現在、ゼレンスキー大統領と会談するようプーチン大統領を説得できていないことを指すのだろう。

ウクライナも、ロシア軍の進撃を甘んじて受けているわけでなく、14日、キーウから約700kmにあるロシアのロストフ・ナ・ドヌーにあるビルを、軽飛行機を無人化したドローンが襲った。

ロシアのロストフ・ナ・ドヌーの市街地に突っ込むウクライナの軽飛行機型無人ドローン(8/14)
ロシアのロストフ・ナ・ドヌーの市街地に突っ込むウクライナの軽飛行機型無人ドローン(8/14)

ロストフ・ナ・ドヌーを襲ったウクライナ軍のドローンとは、別だがウクライナが生産に力を入れている機種に、FP-1というドローンがある。

FP-1は、航続距離1600kmで、1日で100機も生産されているとも伝えられている。

航続距離1600kmとされるウクライナのFP-1ドローン
航続距離1600kmとされるウクライナのFP-1ドローン

さらに、トランプ大統領は、ウクライナとロシアの間には「途方もない憎しみがある」としながら「どうなるか見てみよう。2週間後には、私がどちらの方向に進むかがわかるだろう」としている。

トランプ米大統領「2週間後には、私がどちらの方向に進むかがわかるだろう」(8/23)
トランプ米大統領「2週間後には、私がどちらの方向に進むかがわかるだろう」(8/23)

そして、その時点で「大規模な制裁」を科すのか、それとも何もせずに「これはあなたたちの戦いだ」と言うのかを決めるとの姿勢を示した。

新型ミサイルがゲームチェンジャーに?

では、もしも、トランプ大統領が「あなたたちの戦いだ」として、仲介から手を引いたら、どうなるのだろうか?

ウクライナでは、射程3000km、弾頭重量1150kgのFP-5フラミンゴ巡航ミサイルの量産を開始、月産200発を目指すと報じられている。(米Politico 8/21付)

ウクライナで生産中のFP-5フラミンゴ巡航ミサイル
ウクライナで生産中のFP-5フラミンゴ巡航ミサイル

つまり、欧州ロシアの軍事施設と、ロシアの同盟国、ベラルーシ全域を射程にできるミサイルの量産にウクライナは乗り出しているということだ。

米国や欧州から供与される兵器を使ったロシア国内への攻撃には制限があるとしても、ウクライナ国産兵器であれば、前述のロストフ・ナ・ドヌーを襲ったドローンのようにロシア国内を襲う前例があったということ。これは、考慮すべきことかもしれない。

キーウからのFP-1ドローンの飛行可能距離1600kmとフラミンゴ巡航ミサイルの射程可能距離3000kmの差
キーウからのFP-1ドローンの飛行可能距離1600kmとフラミンゴ巡航ミサイルの射程可能距離3000kmの差

ロシアが、ウクライナに旗を立て続けられるのか、それとも、ウクライナの反撃能力構築が早いか。

そうした状況の進展・変化をロシア、ウクライナ、米国、そして、欧州各国がどうみるかで、首脳会談の行方にも影響するかもしれない。

(フジテレビ特別解説委員 能勢伸之)

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能勢伸之
能勢伸之

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フジテレビ報道局特別解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。