農業を主な産業とした人口およそ2万1千人の自然豊かな町、山形県庄内町。
そんな町の議会に2018年6月、嵐が吹き荒れた。
任期満了の選挙で16の定数に対し、15人しか立候補せず、定数割れに陥ってしまった。議員の人数が欠けると、住民の意見が十分に吸い上げられない恐れがある。
“議員のなり手不足”の根底にある、多くの地方が抱える問題点とその解決策を模索する人々の姿を追った。
(この記事は2020年10月放送当時のもので、2021年7月の山形県庄内町議補欠選挙で欠員は解消されました)
”議員の報酬だけで生活できない”
この記事の画像(20枚)選挙で選ばれる議会議員は、国会議員から都道府県や市区町村の地方議員まで全国に3万人以上いると言われている。
その仕事は、国会議員と地方議員でやや異なるものの、予算や様々なルールを決めるなど、私たちの生活に直結する重要なものなのだ。
そんな中、庄内町議会の小野一晴議員は、農家と議員のかけもち。兼業で活動を続けてきた。
小野さんが議員に初当選したのは、今から22年前、38歳の時だ。所属していた農業団体の青年部のメンバーに背中を押されたのがきっかけだった。
庄内町議会では、小野さんを含め15人中11人が自分の仕事と議員をかけもちする、いわゆる“兼業議員”だ。
その仕事は、農業や自営業など様々だが、背景には“議員の収入だけでは生活が成り立たない”という事情があるのだ。
しかし近年米の価格下落など、農業の厳しさは増し、この兼業スタイルに不安すら感じ始めている。
小野さんは、「議会の仕事量も増える。農業としての多角経営も増えている。その中でバランスが取りづらいのはある」と苦しい事情を明かす。
庄内町議会の報酬は、月21万5000円。山形県内の全35市町村で最も低く、税金が引かれると手取りで19万円程度となる。
これは、県議会や県内の一部の市議会議員と比べると、半分から3分の1と、大きな差だ。
小野さんは、「家族にかける負担は大きい。やはり議員の報酬だけでは生活できない」と本音を漏らす。
”議員なり手不足解消検討会議”を発足
議員報酬だけでは暮らせない。
そんな厳しい現実の中、庄内町議会では16の定数に対し、現在議員は15人しかいない。なり手がいないのだ。
山形県内の議会選挙で、定員割れに陥ったのは平成以降初めてのことだった。
議会最古参のベテラン議員でもある小野さんは、定数割れに強い懸念を抱えていた。
「我々のような議会議員は、選挙の洗礼を受けないで議会議員だと言っても、町民の皆さんはなかなか信用してくれない」
定員割れは町民の生活にも影響を及ぼす。
住民の代表として、それぞれの地域から万遍なく選ばれる議員が欠けると、住民の意見が十分に吸い上げられず、地域の課題解決が遅れてしまう恐れがある。
さらに、町民により選挙で選ばれた議員、そして同じく選挙で選ばれた首長を含む自治体が、町の方針を議決し、その執行を監視、積極的な政策提言を通して政策形成の舞台となる“二元代表制”が崩壊してしまう可能性もあるのだ。
2019年9月、なり手不足の解決策を探るため、庄内町議会は全国的に見ても例がない、ある取り組みをスタートさせた。
それは、この問題に対する独自の検討会議「議員なり手不足解消会議」の立ち上げだ。
検討会議は、議員6人だけでなく町民6人も加わるという大胆なもので、月1回、約9ヶ月に渡って行われる。
町民代表の委員からは、「生活が成り立たない状況では家族も賛成しないし、難しいのでは」「このままだと自分の子供に勧められない」など、議員報酬に関する意見が早速出始めた。
報酬アップの行く手を阻む財源不足
しかし、報酬アップはそう簡単にはいかない事情がある。
最大の問題は自治体の財源不足。少子高齢化や人口減少で財政が疲弊する中、交付税や市町村債頼みという自治体は少なくない。
このため、小さな町や村では議員報酬に割り充てられる財源が不足するケースが多く、庄内町も例外ではない。
「次の選挙に落ちて元の職業に戻れる方はほとんどいない。それを考えた時、平均年収(をもらう立場)でリスクを冒すのかということを考えると、家族の理解を含め、リスクは冒さないという判断になる」
小野さんもこの“報酬”が、なり手不足の大きな要因だと考えていた。
しかし財政が限られる中で、報酬アップは至難の業。しかも庄内町議会は、なり手不足につながるさらなる事情を抱えていた。
その原因を作ったのは、皮肉なことに小野さんたちだったのだ。
約10年前まではトップランナー
今でこそ元気の無い議会だが、わずか10年ほど前までは地方自治の世界でトップランナーだった。
庄内町は2005年7月、余目(あまりめ)町と立川町が合併して誕生。町としては県内2番目の人口規模だ。
町議会は合併前から、情報公開や傍聴の環境整備を積極的に推し進め、改革派として知られる存在。
町の課題について議員自らが独自に調査し、町に提言する取り組みなども積極的に行った。委員会は議会の会期中以外にも行われ、年間では30日以上に。これは町村議会では異例の多さだ。
同時に、熱心な議会広報誌作りも行った。
通常は議会事務局が行う誌面作りを、庄内町議会では議員自らが行い、年に4回ある議会が終わった後、その都度発行している。
その充実した内容から2013年には、町村議会を対象とした全国コンクールで1位を獲得。
当時広報委員長として現場を取り仕切ったのが、他ならぬ小野さんだった。
全国の議会から教えを請う為に視察に来ることも多く、小野さんは、「ある意味”有頂天“になっていたところもある。庄内町議会を一流ブランドにしなければという意識が私の中にもあった」と振り返った。
仕事量は3倍に…忙しすぎる議員の仕事
合議員定数の削減にも乗り出し、合併当時特例で36人いた議員の数は現在では16人まで減った。その結果、議員1人が抱える住民数は1343人と、県内2番目の数に膨れ上がった。
小野さんは議員を始めた20数年前と今とを比べると、仕事量は3倍くらいに増えたという。
議員1人あたりの年間の活動日数は、年間172日と年内の市町村で最多に。
そんな彼らの仕事には、役場の議場で行う議会活動だけでなく、地域の行事や冠婚葬祭への顔出しなどもある。
こうした活動は個々の裁量に任されていて、頑張れば頑張るほど当然仕事量は増える。
自ら作った広報冊子の配布まで行う小野さん。年間の議員活動日数はゆうに200日を超えて、これは一般的な町村議会議員での平均の2倍だ。
限られた人数で人一倍働く議会は、小野さんたち議員にとっては誇りでもあった。
しかしその反面、忙しすぎる仕事が、なり手を減らす原因になってしまっていたのだ。
頑張っているという自負のある活動に対し、ショックなことに検討会議の中で町民代表からは次のような声もあがった。
「周りの方々からも言われたが、議員の姿が見えない」
「議会が今現在憧れる職業では無くなってきているのではないか」
別の委員からは、「普通に生活していて議会がどうかなんて関係ない」という厳しい声も上がった。
小野さんたちが熱心に行った議会改革や議会活性化だったが、それは多くの町民の目には触れず、理解されていなかったのだ。
「我々の独り善がりみたいなところもあったのかと反省している」
小野さんは残念そうな顔を見せた。
”なり手不足”中間報告会
2020年2月19日。庄内町の住民や他の自治体の議員、そして女子高校生までが中間報告に注目していた。
委員の口からは、続々と踏み込んだ報告が出た。
「議員の仕事と家事・子育て・介護などの点から見ても、議員活動と家庭生活の“両立環境の整備”が必要」
「会社を退職して立候補し、当選。ところが4年後に落ちてしまったらその日から“失業者”。ましてや現在の給料よりも下がってまで立候補するのか」
町民も報酬の問題への関心は高かった。
「今日発表を聞いて、非常に良かった。何も議員にならなくても21万5000円は容易く取れる時代。16名(の定数)法律で減らすことはできない制度なのか」
「 私は議員報酬を5万から10万上げるのは大賛成。その代わり定数は13名」
同じ山形県内には、議員定数を減らし報酬を増やした高畠町もある。それにより若い世代の議員のなり手を確保できたという。
一方で報酬の問題だけでなく、時代に合わせた議会運営によって”なり手”を獲得した町もある。
長野県・飯綱町議会は、町民から意見を募り、町への政策提言に盛り込む「政策サポーター制度」を設けた。また、北海道の福島町議会は、議員活動をめぐる情報公開を徹底し、議会の透明化に努め、それぞれの町は議員が魅力的に映るようになり、なり手を確保した。
小野さんら議員たちは、こうした先進的な成功例をうまく活かそうと考えていた。
町民の声を吸い上げ、政治に反映させるためには、定数をこれ以上減らしたくないのが本音だが、議員報酬を上げてなり手を増やすためには、大きな覚悟が必要だ。
検討会議では、ギリギリまで定数と報酬が課題になった。
そして、報告書発表の日ー
役場の新庁舎が完成した2020年6月、9カ月をかけ、議員と町民野代表がまとめた報告書の発表日がやってきた。
報告書は全部で33ページ。議員のなり手を増やすためのいくつかの対策が盛り込まれた。
まず、議会への関心を促すことが必要であるとの観点から、情報提供や議員の負担削減のための対策が講じられている。
そして、最大の懸案である議員定数と報酬については驚きの決断を見せた。
「定数を4人削減した『12人』とし、削減分の報酬を増額分の財源に充て、月額報酬を『28万円』にすること」
月額報酬を一気に6万5000円引き上げ、議員定数を4割削減。
報告は、今後の町のために、痛みを伴ってでも若い世代の立候補を促していくという、検討委員たちの強い意志がこもったものだった。
もちろん検討会議のメンバー以外の議員からは異論もあり、今後どのように合意形成を図っていくか、険しい道は続く。
小野さんは、報告書を受けて立ち上がった具現化委員会の委員長に就任し、議員のなり手確保に本腰を入れて取り組む。
議員のなり手確保の答え探し。まだ道半ばだ。
「少なくとも(自分は)さらに忙しくなる。議員人生だんだん後半。その分しっかりやっていかなければ」
少子高齢化や人口減少。今、地方の町や村の多くは様々な問題を抱え、疲弊するばかり。
庄内町で起きた議員の定数割れは、地域の活力減少を象徴している。
定数削減と報酬引き上げを第一歩に、若い世代の参加を目指す庄内町。
議員たちの覚悟やふるさとへの思いを、主のいない議場の椅子がじっと見つめている。
(第29回FNSドキュメンタリー大賞『”せんせい”目指しませんか? ~定数割れの町から~』)