「王室に最も近い“民間人”が被告席へ」。
幼いころは、“リトル・マリウス”として国民に愛された皇太子妃の長男が、性的暴行などの罪に問われている。同じ週、母である皇太子妃にはエプスタイン問題が再燃。
ノルウェー王室は、家族の危機と制度への信頼低下に同時に揺れている。
性的暴行4件…有罪なら最長16年の懲役刑も
2月3日、ノルウェーで始まったのは、皇太子妃の長男マリウス・ボルグ・ホイビー被告(29)の刑事裁判だ。王位継承権を持たない“民間人”でありながら、母が皇太子妃という出自が、審理を世界的な注目の渦に押し上げた。
起訴内容は重い。性的暴行4件に加え、家庭内暴力や、マリファナ3.5kgの受け渡しなどを含む計38件。有罪となり複数の罪が認定された場合、最長16年の懲役刑が科される可能性がある。
初日の法廷で被告は、主な起訴内容を否認する一方、スピード違反や無免許運転など一部の軽微な罪は認めた。
国民に愛された「リトル・マリウス」
ここで、この人物が背負う“物語”を切り離すことはできない。

かつて彼は「リトル・マリウス」と呼ばれ、王室行事に現れるたびにメディアの見出しを飾った。母がホーコン皇太子と結婚したことで“王室の子”として注目され、国民は彼の成長を、わが子の成長を見るような目で追ってきた。

しかし、王子ではない、継承権もない――。それでも常に注目だけはついて回る。このねじれが、彼の人生の影になってきた、と現地では語られている。
裁判開始当初はひどく緊張し、初日は苦しんでいるように見えたが、2日目に証言台に立ち、自分の言葉で説明を始めたという。法廷の中は静かで、秩序だって進行している一方、外に出れば、カメラと人だかりが当たり前のように待ち構える。その落差こそが、マリウス・ホイビー被告の直面する現実だ。
法廷で見せた涙「自分は何者でもない」
ノルウェー国営放送NRKの王室記者クリスティ・マリー・スクレーデ氏はこう話す。
クリスティ・マリー・スクレーデ氏:
私の印象では、ホイビー氏は当初とても緊張していて、2月3日に裁判が始まった時点では精神的に良い状態ではありませんでした。初日は苦しんでいるのが分かりましたが、2日目に証言台に立って、初めて自分の言葉で話し、自分を守り、自分の視点から説明することができました。
彼は明らかに緊張していて、その瞬間を恐れていたとも話していました。法廷に記者が大勢いたことが、彼にはつらかったのです。報道陣が彼の陳述をすべて聞ける状況が負担だと言い、裁判官に対して、「あなたがここにいるのは構わないが、彼らがいるのは嫌だ」と言って、記者たちを指さしました。
また、3歳のころから記者に追われてきた人生について語る中で、彼は泣きました。そして「自分は母の息子である以外、何者でもない」とも言いました。その言葉を聞いたのは、とても胸に迫るものがあり、彼が自分の人生をどう見ているかがよく分かります。
個人の問題か、王室制度の影か
焦点は、否認する性的暴行の立証だけでなく、膨大な件数の中身が法廷で1つずつ明らかにされていく過程そのものだ。マリウス・ホイビー被告はなぜ、どのような背景で問題を抱え込んだのか。家族や周辺との関係はどうだったのか。審理が進むほど、問われるのは“罪状の数”ではなく、そこに至る道筋そのものになる。
王室は、裁判を前に声明を出し、「王室メンバーではないが家族として大切」としつつ、被害を訴える人々への思いにも触れ、公正な審理に期待を示した。
しかし、家族として支える姿勢を示すほど、国民は問いを深める。「これは個人の転落なのか、それとも王室という制度が抱える影なのか」。裁判は3月19日ごろまで続く見通しだ。
「真実を語れ」の声も 皇太子妃への批判
同じ週、もう1つの火種が王室を直撃した。
メッテ・マリット皇太子妃が、性的虐待などの罪で起訴され自殺した富豪・エプスタイン氏との関係をめぐり謝罪の声明を発表した。
1月末にアメリカ司法省が公開した資料によって、エプスタイン氏が2008年の別事件で有罪判決を受けたあとも、両者が連絡を続けていたとみられることなどが明らかになり、国内の批判が高まったと報じられている。
スクレーデ氏は、「今起きているのは2つで、マリウスの裁判とエプスタインの件はまったく別の話だ」としたうえで、たまたま同時に進むことで王室に重い圧力がかかっていると語る。
ノルウェー国営放送NRK王室記者 スクレーデ氏:
王政(王室)にとっては、エプスタインの件、あの一連の資料、そして「皇太子妃のエプスタイン氏との友情」。皇太子妃自身が「友情」という言葉を使っていますが、多くの人が「これは王政への脅威だ」と言っています。なぜなら、彼女は6〜7年前にエプスタイン氏と社交的な関係があったことは認めましたが、その時はすべてを語らず、話した際に情報を伏せたからです。今、エプスタイン関連資料によってそれが明るみに出て、多くの人が強く反応しています。
皇太子妃は国民に隠していたのではないか、という疑念が広がる。批判の核心は、「過去に説明したことが、今明らかになった事実とどう整合するのか」という一点に収れんしていく。
ノルウェー国営放送NRK王室記者 スクレーデ氏:
首相は皇太子妃に対し、自ら真実を語るよう求めました。皇太子妃が王室後援者(パトロン)を務めていた団体の1つは皇太子妃との関係を断ち、「もうパトロンでいてほしくない」と述べました。さらに別の3団体も「状況を注視している」と言い、今後の協力については、皇太子妃の説明を聞いてから判断したいとしています。報道機関も非常に批判的で、説明と真実を求めていますし、SNS上の世論も同様です。皇太子妃には、自ら真実を語り、この件に関するあらゆる質問に答えるよう、皆が求めています。
王室に「二重の圧力」皇太子が矢面に
一方で、皇太子妃は重い肺の慢性疾患を抱え、体調が万全ではない。長男の裁判に加え、交友関係をめぐる問題が重なる中、皇太子妃は「いずれ説明する意思はあるが、今は難しい」として時間が必要だとしている。
矢面に立ったのが、ホーコン皇太子だ。視察先で取材に応じ、「この数日で最も大切だったのは家族の世話」だと語り、長男を支え、ほかの子どもたちにも目を配り、皇太子妃を守ると述べたという。皇太子妃については、多くの人が言葉を求めているのを理解しているが、今は話すべきではないと伝えている、とも説明した。王室は「理解してほしい」と訴える。しかし国民の側もまた、理解するための材料と説明を欲している。
マリウス裁判が“個人の責任”を問う場だとすれば、エプスタイン問題は“王室の説明責任”を問う。別々の問題が同時に進むことで、王室は二重の圧力にさらされる。
次の数週間、問われるのは判決だけではない。沈黙と説明、家族と公、個人と制度。
その境界線を、王室はどこに引き直すのか。
(執筆:FNNロンドン支局長 髙島泰明)
