2025年9月17日、Netflixが配信したドキュメンタリー『Rebel Royals: An Unlikely Love Story(レベルロイヤル:世間を揺るがせたラブストーリー)』をきっかけに、ノルウェー王室で長年くすぶってきた「称号の商業利用」問題が再燃している。

この作品は、世界中の注目を集めたノルウェー王女と霊媒師の結婚式の裏側に密着したものだ。作品は大ヒットしたが、配信後まもなく王室は「称号を商業に結びつけないという合意に反する」と非難する声明を発表した。ノルウェーでは、皇太子妃の長男がレイプを含む32件で起訴されるという“マリウス・ショック”が続いている。そのさなかに配信された“暴露的ドキュメンタリー”の影響で、ノルウェーでは王女の称号剥奪を求める声が急速に高まっている。
王女の夫は「前世ファラオ」霊媒師
2024年8月31日、ノルウェーの世界遺産ガイランゲルで結婚式が営まれた。
花嫁は王位継承権第4位のマッタ・ルイーセ王女(当時52)、夫となるのはアメリカ人の自称・霊媒師デュレク・ベレット氏(当時49)。国王夫妻や皇太子家を含む約350人が列席し、世界中のメディアが殺到した。

注目された主な理由はベレット氏の経歴だ。彼は「自分の前世は古代エジプトの王・ファラオ」だと語り、死者と話す方法を教えるオンライン講座を主催。さらに、持つだけで体が良くなると主張するメダルを日本円で約3万2000円(当時)で販売してきた。

こうした活動から「王女は騙され、洗脳されている」「2人は王室を利用して金儲けしている」といった批判がメディアや国民から噴出し、ルイーセ王女は2022年の婚約公表時に公務から身を引き、王室の公式役割を退く決断をしていた。
国民的人気王女「Netflix婚」で母国メディアと決裂
ノルウェー国営放送NRKの王室記者クリスティ・マリー・スクレーデ氏は、王女は長年国民に愛されてきたが、スピリチュアルな活動で物議を醸してきたと語る。
――結婚前のルイーセ王女は、国民にとってどんな存在だった?
クリスティ・マリー・スクレーデ氏:
王女はとても人気があり、長年ノルウェー王室のために貢献してきました。盲人、聴覚障害など、患者支援の多くの団体の後援者で、とても自然に対話できる人です。一方で、“天使と話せるとする学校(自己啓発センター)”を立ち上げるなど、スピリチュアルな活動が物議を醸してきました。
ハリウッドのセレブにも支持される霊媒師のベレット氏と私生活・仕事両面で共にするようになると、批判の声はさらに高まっていったという。そうした中で、開かれた結婚式では異例の対応が取られた。式場の一部がNetflixに独占撮影させるために白い布で覆われていたのだ。現地取材したスクレーデ氏は奇妙に感じたという。
クリスティ・マリー・スクレーデ氏:
私たちは歓迎されませんでした。彼らはNetflixなどに映像を独占させるために大きな布で身を隠しました。これは王女、国王の娘としてふさわしいやり方とは言えないと感じました。一方、国王夫妻は独占撮影を拒否し、ノルウェー報道陣の側に立ちました。娘の希望に反対した形です。ノルウェー記者の私たちは普段、もっと開かれ友好的な形で王室を取材しています。ところが、この時は、私たちは視聴者に結婚式を届けられない。視聴者が見たのは布ばかりでした。
スクレーデ氏は「そして今、彼らはスウェーデンやイギリスのメディアには話しますが、ノルウェーの記者との取材は拒否しています」と話す。
恋愛物語より“王室批判”に…国民は失望と怒り
このドキュメンタリー作品が配信されると、ノルウェーのNetflix映画ランキングで首位となった。その内容についてスクレーデ氏は、恋愛物語というよりは王室批判が中心だった語る。そして作品は「王女という称号を商業利用しない」という王室との合意にも明らかに反するものだった。
クリスティ・マリー・スクレーデ氏:
驚いたのは、ノルウェー人や王室が彼を迎え入れたやり方を非難する部分が非常に多く、恋愛物語の要素が少なかったことです。ノルウェーでは、国王夫妻への直接的な非難が大きな反響を呼びました。彼が家族の一員として紹介された際、王と王妃が期待したほど温かく迎えてくれなかった。さらに「国王夫妻は人種差別が何かを十分に理解していない」とも主張していて、これが大きな見出しになりました。多くのノルウェー人は失望や怒りを抱きました。私たちは国王夫妻が人々を歓迎し、異なる背景の人を包摂することをよく理解していると考えているからです。
スクレーデ氏は「彼が王室についてあのように語った理由を私たちはうまく理解できませんでした。私たちが知る開かれた寛容な王室像と一致しなかったからです。さらに、ルイーセ王女らの商業活動での称号使用を禁じるという王室との合意にも、この作品は反していました。このドキュメンタリーに参加したこと自体が合意に反します」という。
「作品は合意違反」ノルウェー王室が示す“線引き”
2019年、ノルウェーのルイーセ王女は営利活動で「王女」の肩書きを使わず、本名のみを用いることで王室と合意していた。さらに2022年には婚約者にも同様の制約を拡大した。にもかかわらず、作品は合意に明らかに反していた。

クリスティ・マリー・スクレーデ氏:
2022年の合意は、2人が称号や王室との関係を商業目的で使わないとする内容です。メディア作品への参加や、ソーシャルメディアで称号や王室とのつながりを用いることもしないと明記されています。しかし彼らは、これまでに何度か王室との関係や称号を商業活動で使用し、合意に反する行為をしていました。そこで国王と皇太子は対話を継続し、合意の順守を求めると述べています。
国民7割が「王女の称号を剥奪すべき」
――合意違反で、王室が法的措置をとる可能性などはあるか?
クリスティ・マリー・スクレーデ氏:
いいえ、法的拘束力のある合意ではありません。家族間の理解、取り決めのようなもので、法的な結果は伴いません。ただ、王女の称号を剥奪すべきという議論はノルウェーで起きています。いくつかの世論調査では国民の7割が、イギリスのアンドルー王子のように彼女の称号を失わせるべきだと答えています。彼女は王女としての責務を果たしていない、合意を怠っているからだという理由です。
さらに、スクレーデ氏は国王に直接、疑問をぶつけた。「私は国王ご本人に『称号剥奪を検討しますか』と尋ねましたが、国王は『いいえ』と答えました。現時点では称号について検討していないと。ただし国王は、ベレット氏とルイーセ王女と話し合いを続け、王室の合意を順守し、王室との関係を商業利用しないよう求めていくと言っています」。
“暴露と商業化”時代に問われる「王室は誰のものか」
もともと秘匿性の高い王室だからこそ、その内情が語られる「暴露」はきわめて高い商品価値を帯び、当事者も配信プラットフォームも、そこにレバレッジをかけてビジネスを拡大している。しかし、そもそも王室とは何のために存在しているのか。税金で支えられる王室が、個人の利益やコンテンツ消費の燃料として切り売りされていくことを、私たちはどこまで許容するのか。

独占撮影の布の向こうで、王女は“個人としての自由”を、王室は“公としての信頼”を守ろうとしている。だが配信ボタンを押すかどうかを決めるのは、最後には視聴者だ。称号が画面の中でストーリーへと変わっていく時代に、私たちは王室にどこまで「商品」であることを許すのか。その線を引く作業は、私たち自身の手元に委ねられている。
(執筆:FNNロンドン支局長 髙島泰明)
