例えば、東京に移住してからのハーンは毎年夏休みになると、静岡県の焼津に長期滞在して海水浴を楽しんでいた。が、セツはもうそれには付き合わない。焼津の常宿が不潔で泊まる気になれなかった。だから、彼女はひとり東京に残り、好きな歌舞伎や芝居を楽しみながら留守番することにした。

趣味や好みはまったく違うふたりが上手くやるには、お互いの違いを理解して自分の好みを押しつけない、無理強いはしない。それぞれが、やりたいことをしながら過ごす。それが一番だということに気がついたようだ。相手の好みにあわせるのは、疲れるし楽しくない。無理するうちに、相手のことも嫌になってしまうかも。我慢は人を不幸にするだけだ、と。

隠岐諸島・中ノ島の菱浦に立つ夫妻の像(写真提供:松本清孝さん)
隠岐諸島・中ノ島の菱浦に立つ夫妻の像(写真提供:松本清孝さん)

しかし、東京と焼津で離れて暮らしても、お互い相手のことは手に取るように分かる。長い手紙を頻繁にやり取りして近況を伝えあうようになっていた。四六時中一緒にいる時よりもむしろ、心は通じあっていたようでもある。

青山 誠(あおやま・まこと)
作家。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。近著に『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(KADOKAWA)。

青山誠
青山誠

作家。大阪芸術大学卒業。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。著書に『ウソみたいだけど本当にあった歴史雑学』(彩図社)、『牧野富太郎~雑草という草はない~日本植物学の父』、『三淵嘉子 日本法曹界に女性活躍の道を拓いた「トラママ」』、 『やなせたかし 子どもたちを魅了する永遠のヒーローの生みの親』、『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(以上KADOKAWA)などがある。