例えば、東京に移住してからのハーンは毎年夏休みになると、静岡県の焼津に長期滞在して海水浴を楽しんでいた。が、セツはもうそれには付き合わない。焼津の常宿が不潔で泊まる気になれなかった。だから、彼女はひとり東京に残り、好きな歌舞伎や芝居を楽しみながら留守番することにした。
趣味や好みはまったく違うふたりが上手くやるには、お互いの違いを理解して自分の好みを押しつけない、無理強いはしない。それぞれが、やりたいことをしながら過ごす。それが一番だということに気がついたようだ。相手の好みにあわせるのは、疲れるし楽しくない。無理するうちに、相手のことも嫌になってしまうかも。我慢は人を不幸にするだけだ、と。
しかし、東京と焼津で離れて暮らしても、お互い相手のことは手に取るように分かる。長い手紙を頻繁にやり取りして近況を伝えあうようになっていた。四六時中一緒にいる時よりもむしろ、心は通じあっていたようでもある。
青山 誠(あおやま・まこと)
作家。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。近著に『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(KADOKAWA)。
