ハーンは騒がしい都会が嫌いだった。好きなのは自然豊かで、鄙びた田舎。美しい景色があれば、他に何もいらない。また、静かで落ち着ける環境であれば、蚤やシラミの巣窟のような不潔な旅館でも気にしない。

しかし、セツの好みはそれと真逆。大自然や田舎の鄙びた風情は彼女のココロには響かないし、魚臭い漁村や虫だらけの山村はむしろ苦手だった。

不便で不潔な田舎よりも、便利で快適な都会で芝居や歌舞伎など流行りのエンタメを楽しみたいと思っている。そんなセツにとっては、この新婚旅行、あまり楽しくなかったのでは!?

離島暮らしは全力で拒否

そんな“新婚旅行”の同年11月、ハーンは熊本の第五高等学校に転任。セツと養祖父・養父母とともに転居した。翌明治25年(1892)7月には、夏休みの休暇を利用し、隠岐諸島を旅することにした。

隠岐諸島を代表する名勝、西ノ島の「通天橋」(イメージ)
隠岐諸島を代表する名勝、西ノ島の「通天橋」(イメージ)

この時もセツが同行した。奈良・京都などを巡ってから神戸から鳥取の境港行きの船に乗った。境港に到着した翌日、船を乗り換えて隠岐へ。

小さな木造汽船は日本海の荒波に揉まれて激しく揺れた。船に慣れてない彼女は船酔いに苦しんだはず。島に上陸する前から「もう帰りたい」といった心境だったろう。

隠岐への船便は月に3〜5回と少なく、冬場は時化でよく欠航する。絶海の孤島。簡単には行き来できない秘境だった。そんな場所には多くの独特の文化が残っているもの。ハーンが最も好む場所だ。