2025年度後期の NHK 朝ドラのモデルとなった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻・セツ。いったいどのような人物で、どのような暮らしぶりだったのだろうか。『小泉八雲とその妻セツ 古き良き「日本の面影」を世界に届けた夫婦の物語』(KADOKAWA)の著者である作家の青山誠さんが考察する。

文・写真=青山誠

「女中と主人」から「夫と妻」へ

セツが女中として働くようになり約半年が過ぎた明治24年(1891)6月、ハーンは松江城北側の塩見縄手にある武家屋敷を借りて引っ越した。宍道湖畔の借家と比べて、建物は大きく立派で庭も広い。暮らすだけなら宍道湖畔の狭い借家でも十分だった。が、妻を娶って一家を構えるには狭い…この頃になると、ふたりの関係はもう「女中と主人」から「夫と妻」に進化している。

史跡 小泉八雲旧居
史跡 小泉八雲旧居
この記事の画像(6枚)

引っ越しを契機に新しく女中をひとり雇い入れた。セツが新人女中にあれこれ指図する様は、誰の目にも「この家の奥様」と映る。

実際、ふたりはお互いを“妻・夫”と認識し、唯一の伴侶であり生涯を一緒に過ごす決心をしている。しかし、正式に結婚していない内縁関係で、世間もまだ“妾”としか見ていない。

ハーンのことを最もよく知る松江中学校の西田教頭(吉沢亮さん演じる錦織友一のモデル)も、この時点ではまだそう思っている。

ハーンが教鞭をとった松江中学校跡地
ハーンが教鞭をとった松江中学校跡地

セツが女中に雇われたのは富田旅館の女将のツテであり、彼はまったく関与していない。西田が生前に書き残した『西田千太郎日記』にも、セツに関する記述はほとんどない。いないものとして扱っている。西田は頻繁にハーン宅を訪問していたから、セツにもしょっちゅう会っているはずなのに…。情に厚いこの男らしくない、その冷淡な態度には違和感がある。

あるいは、西田はセツの存在に困り果てていたのかも?

セツの実家は正規の武士として認められる士分。一方の西田家は武家に奉公する小間使いの足軽。正規の武士とは認められず、維新以前は歴然とした身分格差があった。その感覚が染みついている。

雲の上の存在だった士分のお嬢様がいまは「羅紗緬(ラシャメン)」と蔑まれる外国人の妾。優しく情に厚い男だけに、なおのこと相手の心情を慮って対応に苦慮してしまう。どう接すればいいのかわからない。ならば、「いっそ、いないモノとして扱おう」と、いうことにしたのでは?だけど、そんな西田も認識を変えざるをえない出来事が起きた。