ベネズエラ侵攻の絶妙な?タイミング

トランプ米大統領によるベネズエラ侵攻には、少女買春などの罪で起訴され自殺した米富豪ジェフリー・エプスタイン氏をめぐるスキャンダルから、世論の視線をそらす思惑があったのではないかという憶測が、米政界で浮上してきている。

ニューヨーク市の裁判所に出廷するベネズエラのマドゥロ大統領(5日)
ニューヨーク市の裁判所に出廷するベネズエラのマドゥロ大統領(5日)
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ベネズエラの首都カラカスで銃声や爆発音が響き、やがて両手錠をかけられたニコラス・マドゥロ大統領が米軍兵士に連行される映像が世界に流れたころ、X(旧ツイッター)には、下院監視委員会に所属する民主党議員の名で、次のようなメッセージが投稿された。

下院監視委員会民主党のXより
下院監視委員会民主党のXより

「これは単なる偶然だと思いますが、本日は、司法省がエプスタイン関連文書で行った黒塗り(編集)について、その理由を説明しなければならない法定期限です。
私たちはこの問題を忘れてはいませんし、大統領による新たな違憲行為が何であろうと、追及の手を緩めることはありません」

「単なる偶然」と断りながら、実際には皮肉を込めて、同日が司法省に対し、エプスタイン関連文書の黒塗り理由を説明する法定期限に当たっていたことを指摘したものだ。

ここで言う「違憲行為」とは、連邦憲法の枠を外れて他国に軍事侵攻し、その元首を拘束した行動を指している。そのタイミングが、司法省の「説明責任」から国民の目をそらすために利用されたのではないか、という強い違和感をにじませた投稿だった。

エプスタイン氏とトランプ大統領(1997年)
エプスタイン氏とトランプ大統領(1997年)

実際、昨年成立したエプスタイン・ファイル透明化法は、司法省に対し、関連文書の全面公開に加え、黒塗り部分の理由説明、さらに文書内に名前が出てくる政府関係者や政治的影響力を持つ人物の一覧を、議会に提出することを義務づけている。

しかし期限を過ぎても、その一覧は提出されていない。公開された文書の多くは大幅に黒塗りされ、核心部分はいまだ見えないままだ。

この3日後、上院民主党院内総務のチャック・シューマー氏もXに投稿し、トランプ政権の司法省が「公開された資料に名前や言及があるすべての政府関係者や重要な政治家のリストを、編集なしで含めるべき報告書を議会に提出していない」と厳しく非難した。

チャック・シューマー氏のXより
チャック・シューマー氏のXより

そのうえで、「彼らはいったい何を隠そうとしているのか」と問いかけ、「これでエプスタイン問題が忘れられることはない」と明言した。

「目くらまし戦術」と強烈な批判

こうした制度的な批判とは別の次元で、世論の感情に火をつけたのが、民主党の重鎮戦略家ジェームズ・カービル氏である。

同氏は、政治イベント団体Politiconが公開した動画の中で、トランプ大統領のベネズエラ侵攻を「巨大な目くらまし戦術」と呼び、「外交でも国益でもない。すべてはエプスタインだ」と激しく非難した。「目を覚ませ」「鼻先のことしか見ていない」といった言葉は、冷静な政策論というより、国民に対する叱責に近い響きを持っていた。

ジェームズ・カービル氏(資料)
ジェームズ・カービル氏(資料)

この発言を、単なる過激なレトリックとして片づけることはできない。カービル氏は1992年の大統領選挙でビル・クリントン候補の選挙参謀を務め、現職のジョージ・H・W・ブッシュ(父)大統領を破った「米国政治のプロ中のプロ」であり、スキャンダルと世論操作が政治に与える影響を、実体験として熟知してきた人物でもある。

彼の言葉が一部で真剣に受け止められているのは、政治の舞台裏を知る者の「経験則」として響いているからだろう。

過去にも国民の目をそらす?対外強硬策

歴史を振り返れば、国内の不満や危機から国民の目をそらすため、対外的な強硬行動が選ばれたとされる例は少なくない。

1982年のフォークランド紛争は、経済破綻と支持率低下に直面していたアルゼンチン軍事政権が、国民の不満の矛先を外に向けるために踏み切ったと広く語られてきた。米国においても、ビル・クリントン大統領による1999年のコソボ空爆は、モニカ・ルインスキー事件をめぐる批判をかわす狙いがあったのではないか、という議論が当時から存在している。

爆撃されたコソボ自治州(1999年)
爆撃されたコソボ自治州(1999年)

もちろん、今回のベネズエラ侵攻が、こうした歴史的事例と同じ構図だと断定することはできない。

トランプ大統領自身が何を最優先していたのか、その真の狙いはいまだ明らかではない。ただ一つ確かなのは、シューマー院内総務がXで強調しているように、この軍事行動によってエプスタイン・スキャンダルが忘れ去られることはなさそうだ、という点である。

アメリカ軍のヘリコプターが飛ぶベネズエラ首都カラカス(3日)
アメリカ軍のヘリコプターが飛ぶベネズエラ首都カラカス(3日)

戦争や軍事行動は、一時的に世論の視線を奪う力を持つ。しかし、法の下で問われるべき説明責任まで消し去ることはできない。

ベネズエラ侵攻とエプスタイン問題が同時並行で米国政治を揺さぶっている現実は、権力が追い込まれたとき、どのような選択がなされがちなのかを、静かに浮かび上がらせているようにも映る。

(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。