「夜に注文すれば翌朝に届く」。韓国の大手通販サイト「クーパン」が売りにしてきた“ロケット配送”は、国民の“3人に2人”が利用するほど生活に浸透している。しかし12月に、中国籍の元社員が関与した可能性がある大規模な顧客情報流出が明らかになり、さらには、2025年だけで従業員8人が死亡していたことも判明。生活インフラとなった巨大通販の実態に迫る。
顧客情報流出に中国籍元社員が関与か
11月末、クーパンは顧客約3370万人分の電話番号や住所などが流出したと発表した。韓国メディアは、ほぼすべての顧客の情報が流出したと伝えている。
韓国では、マンションなどの共同玄関で暗証番号を用いた電子錠が一般的だが、流出した情報の中には、こうした暗証番号も含まれていたとされる。警察は、クーパンの内部システムに関与していた中国籍の元社員が、情報流出に関与した可能性があるとみて捜査している。
前代未聞とも言える個人情報流出を受け、韓国の李在明大統領は「原因を早急に究明し、厳重に責任を問わなければならない」と述べ、二次被害を防ぐため、利用可能なすべての手段を総動員するよう指示した。警察は9日から5日連続でクーパン本社の家宅捜索を行い、中国籍の元職員の行方を追っている。
一方で、この深刻な情報流出にもかかわらず、韓国メディアでは「クーパンはやめられない」という見出しの記事も目立つ。14日に公表された調査では、情報流出発覚後もクーパンのアプリ利用者が増加していることが明らかになった。韓国経済新聞は「クーパンは“ロケット配送”を武器に、国内のEコマース市場をしっかりと掌握している」と指摘している。実際、韓国の成人男女1000人を対象にしたアンケートでは、「利便性のため、やむを得ず利用を続ける」と答えた人が55.3%に上った。
“ロケット配送”の裏では“過労死”認定も…相次ぐ従業員の死
12月のある日の午後11時前、クーパンを使って旬のイチゴを注文した。翌朝7時前、自宅の玄関を開けると、保冷用バッグに入ったイチゴが届いていた。この日は今シーズン初めてソウル市内に雪が降ったが、クーパンの配達員からは午前5時前に配送が完了したという連絡が入っていた。
筆者自身も頻繁にクーパンを利用している。生鮮食品のほか、飲料水や子どものおむつのまとめ買い、さらには先日はクリスマスツリーも購入した。いずれも注文した翌日には商品が届いた。クーパンは韓国社会を支えるインフラとなっているが、その裏で、従業員の過酷な労働環境が問題になっている。2025年に入り、クーパンでは8人の従業員が亡くなっていた。
11月10日未明、韓国・済州島でクーパンの配送を行っていた30代の男性運転手が、交通事故で亡くなった。事故の原因は居眠り運転とみられている。男性はクーパン配送を担う代理店に所属しており、全国宅配労働組合は、事故の背景に長時間労働があったと主張している。労組によると、男性の直近1カ月の勤務時間は週6日、1日あたり午後7時から翌朝6時半までの11時間半で、週69時間に及んでいたという。
韓国の宅配業界では、週60時間を超えると「過労リスクが高い」とされている。この事例を日本に当てはめると、月の残業時間は116時間となり、日本の過労死ラインとされる80時間を大きく上回る。男性の妻は「休みたい時も、ろくに休めなかった」と話している。
この男性を含め、2025年にクーパンでは従業員8人が亡くなっている。配送中の事故だけでなく、勤務後に自宅で突然倒れて亡くなった人もいるが、クーパン側は、従業員の死亡と労働環境との因果関係を否定し、「亡くなった人には持病があった」などと説明している。
労組によると、2020年から2024年までに亡くなった従業員は29人にのぼり、この中には過労死と認定されたケースもある。労組の担当者は「多くのクーパン宅配労働者が、長時間で高強度の労働に苦しめられている。これは構造的な問題だ」と指摘する。
仕事を奪う“クレンジング制度”
こうした構造的問題の一つとされるのが、“クレンジング制度”だ。配達量や配達期限の達成率などを基に採点し、一定の基準を満たさない配送代理店について、配送エリアを別の代理店に差し替えたり、業務量を減らしたりする仕組みで、事実上、仕事や収入を失うことにつながりかねない。労組は「常時解雇制度に等しい」と批判する。
2024年、過労死が相次いだことを受け、クーパン側はクレンジング制度を廃止するとしていたが、労組側は「現在も制度は残っている」と主張し、「長時間で高強度の労働を宅配労働者に強いるための武器だ」と非難している。
李在明大統領は11日、クーパンをめぐる労働者問題について、新たな規制の必要性に言及した。その上で、「夜10時から明け方6時までは賃金を50%割り増しする制度があるが、深夜労働は非常に過酷だ」と述べ、夜間労働が労働者の命や健康を脅かしているとの認識を示した。今後、法整備などを進め、国を挙げて問題解決に取り組むとみられ、韓国の物流業界は転換点を迎えている。
物流業界が転換期を迎えているのは、日本も同じだ。いわゆる「物流2024年問題」により、トラック運転手の残業時間が年間960時間に制限され、人手不足が顕在化している。日本では、「翌日配送」を減らし、配達時間指定を限定するなど、「速さより持続性」を優先する動きが広がっていて、クーパンのロケット配送が追求する「速さ」とは対照的だ。
韓国の事例は、日本が「速さより持続性」を選んだ判断の意味を改めて浮き彫りにしている。利便性の裏で人の命が脅かされる構造を、社会はどう受け止めるのかが問われている。
(FNNソウル支局 濱田洋平)
