暗殺、自殺、亡命、逮捕、収監…悲惨な末路をたどる人物が多い韓国の歴代大統領の歴史に、新たな1ページが加わるのか。わずか1年前には韓国のトップに君臨していた尹錫悦前大統領に対し、特別検察は1月13日、死刑を求刑した。

死刑を求刑された尹錫悦前韓国大統領
死刑を求刑された尹錫悦前韓国大統領
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尹被告は非常戒厳で国会に軍を動員するなど憲法秩序を乱す暴動を起こしたとして内乱を首謀した罪に問われている。

死刑を求刑した特別検察は、「前例のない重大な憲法秩序破壊事件」と指摘した。一方、求刑を聞いた瞬間、尹被告は笑った。なぜ極刑を突きつけられて笑ったのか、そして、判決の行方を専門家はどう分析するのか迫る。

“内乱首謀”の前大統領 

2024年12月3日午後10時過ぎ、当時大統領だった尹被告は突如、国民に向けた緊急演説で非常戒厳を宣言した。

非常戒厳とは、国家の重大な危機に際し、政府が軍を動員して治安維持にあたり、表現や集会などの自由を一時的に制限する非常措置だ。韓国の憲法で、“国家非常事態”における大統領の統治行為として認められ、非常戒厳を宣言した尹被告は、国会に軍を投入するなどした。

非常戒厳を受けて国会に軍が投入された 2024年12月
非常戒厳を受けて国会に軍が投入された 2024年12月

しかし、非常戒厳は国会によってわずか6時間ほどで解除された。

その後、逮捕された尹被告は、去年1月、内乱を首謀した罪で起訴された。現役の大統領が起訴されたのは、韓国では初めてだった。

起訴状などによると尹被告は、国会などに軍と警察を動員したほか、自身に批判的なテレビ局や新聞社などへの水や電気の供給を遮断するよう指示したという。

検察は、国家非常事態ではないにも関わらず、尹被告が違憲・違法な非常戒厳を宣言し、憲法秩序を乱す暴動を起こしたと指摘した。

2024年12月 尹被告が非常戒厳を宣言
2024年12月 尹被告が非常戒厳を宣言

初公判で尹被告は、「国民に向けた平和的なメッセージとしての戒厳だった」と非常戒厳の正当性を主張し、起訴内容を全面的に否認した。

内乱首謀罪には、死刑、無期懲役または無期禁錮の重い刑罰が科される中、特別検察の求刑が注目された。過去には、全斗煥元大統領が死刑を求刑され、最終的に無期懲役が確定している。

異例の公判延期 検察が死刑求刑

2026年1月13日午前9時30分、特別検察の求刑が行われる公判が始まった。

当初、9日の公判で求刑が行われる予定だったが、弁護側による証拠調べが長時間に及んだことなどから異例の延期となっていた。しかし、この日も弁護側の証拠調べが10時間以上続いた。

特別検察が求刑を伝える最終弁論が始まったのは、約12時間後の午後9時ごろだった。

最終弁論を行う特別検察
最終弁論を行う特別検察

特別検察は「韓国の憲政史で前例のない反国家勢力による重大な憲法秩序破壊事件」とした上で、尹被告が非常戒厳によって、「独裁」をもくろんだと指摘した。

非常戒厳には、任期が3年半残る国会で過半数を上回る野党を撲滅し、国会を無力化する狙いがあったと主張した。

その上で、「野党を一挙に清算して国会の機能を停止させ、立法権を掌握した後、大統領任期終了前の憲法を改正することで、権力の長期化を図る目的で非常戒厳を企画したことは明らかだ。独裁と長期執権を目的として長期間準備した末、非常戒厳を宣布した」と強調した。

死刑求刑に笑顔を見せる尹被告
死刑求刑に笑顔を見せる尹被告

検察は約40分に及ぶ弁論の最後で、「被告人は反省していません。死刑を宣告してください」とした。

死刑を求刑された瞬間、被告人席に座っていた尹被告は笑った。極刑を突きつけられてなぜ尹被告は笑ったのか。

求刑の後、約1時間に渡り続いた尹被告の最終陳述から、その理由が見えてくる。

“死刑”に前大統領はなぜ笑ったのか

14日午前0時過ぎ、裁判が始まって約15時間後に、尹被告の最終陳述が始まった。

冒頭、尹被告は裁判官に「1年近い長い時間、構成で賢明な裁判の進行で充実した審理をしていただき、深く感謝申し上げます」と述べた。その後、検察の起訴状を「妄想と小説」とやゆした上で、特別検察などの捜査機関を批判した。

法廷で話す尹被告
法廷で話す尹被告

尹被告はさらに、「この起訴状は客観的事実と合わない妄想と小説に過ぎない。まともな判断もなしに無条件に内乱を起こしたということを作り出すために、捜査ではなく操作と歪曲をしている。 韓国を古くから支配してきた闇の勢力と、国会で絶対多数の議席を持っている『共に民主党』のホイッスルの音に従って、盲目的に飛びかかり噛みつくオオカミの群れだ」と起訴内容を激しく批判した。

そう述べた上で、「国家非常事態を主権者である国民に知らせ、これを克服するために共に出てくださるよう訴えるために非常戒厳を宣布した」と、主張した。

韓国メディアによると、激高するような様子もあったという尹被告は、これまで通り、非常戒厳を宣言した正当性を主張した形だ。

また、「国民と若者は戒厳令が啓蒙令になり、国家危機の状況で避けられない決断だったと叫んでいる」とも述べた。自身の判断を支持する人たちがいることも付け加えた。

尹被告の最終陳述が終わったのは、午前2時前だった。「大統領の国家緊急権の行使は内乱にはならない。裁判所の賢明な判断をお願いしたい」という言葉で締めた。

韓国社会に大きな混乱をもたらした非常戒厳から1年たった今もなお、非常戒厳の正当性を主張する考えに一切変化はない。「妄想と小説だ」という尹氏の見方が死刑求刑に対して笑った理由の1つなのかもしれない。

専門家「無期懲役の可能性」

尹被告への判決は2月19日午後3時から言い渡されることが決まっている。

裁判所はどんな判断を下すのか。民主主義の国で、わずか1年ほど前まで大統領を務めていた人物に死刑判決が言い渡されることがあるのか。西江大学法科大学院イム・ジボン教授はFNNの取材に対し、「無期懲役が宣告される確率が一番高い」と話す。

その理由について、「死刑も無期懲役も、実はあまり差がない」という。

13日の法廷(ソウル中央地裁)
13日の法廷(ソウル中央地裁)

イム教授はその理由について、「私たちは今年で28年間死刑執行をしていない、国際人権団体から実質的な死刑廃止国に分類されている。そのため、死刑が宣告されたとしても、死刑の執行はないはずだ。 結果的には無期懲役と同じになる」と説明した。

韓国では1997年を最後に死刑が執行されていない。それにも関わらず、特別検察が死刑を求刑した理由について、イム教授は、「尹被告に反省の色が見えず、起訴内容を裏付ける証言や物証もあった。法的な判断として死刑求刑は免れにくい」と述べた。

ソウル中心部に掲げられた垂れ幕
ソウル中心部に掲げられた垂れ幕

ソウル市内中心部のある交差点に、「YOON AGAIN 内乱裁判 無罪!」と書かれた垂れ幕が掲げられていた。「垂れ幕専門」の保守系政党が尹被告の裁判に合わせて設置したものとみられる。

いまだに韓国社会には、尹被告の主張を支持する人たちが多くいる。

韓国の聯合ニュースは法曹界の専門家の見解として、「死刑の可能性もある」と伝えている。仮に求刑通り「死刑」という判決が出れば、支持者らによる抗議活動が起きることが予想される。

韓国メディアの論調を見ると、無罪が言い渡される可能性は限りなく低い。今回の判決は、司法の判断であると同時に、分断が続く韓国社会に突きつけられた1つの結論となるだろう。

濱田洋平
濱田洋平

FNNソウル支局特派員。1988年熊本県生まれ。テレビ西日本で福岡県警キャップ・行政キャップなどを担当、報道番組「福岡NEWSファイルCUBE」のディレクターとして新型コロナにおける医療問題や旧統一教会などを取材。2024年8月から現職。