子どもが生まれるたびに現金1億ウォン。日本円で約1100万円だ。韓国で今、企業主導の“異次元”少子化対策が始まっている。日本の厚生労働省は26日、2025年の出生数が速報値で約70万人だったと発表した。10年連続で過去最少を記録した。少子化に歯止めがかからない状況は隣国・韓国も同様だ。韓国の最新の出生率は0.8と、日本の1.15を下回り世界最低水準が続いている。危機的状況の中、韓国で動き始めた企業“主役”の少子化対策に迫る。

出生率0.8“世界最低”の韓国

韓国で生活をしていると小さな子どもを見かける機会が、日本に比べ少なく感じる。筆者が3歳と1歳の子ども2人とともに公園で遊んでいるときも、2人以上の子どもがいる家庭を見かけるのは、ごくまれだ。韓国の少子化はデータにもはっきりと現れている。

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韓国政府は25日、2025年の合計特殊出生率が0.8(前年+0.05)だったと発表した。出生率は2012年には1.30だったが、2023年に過去最低の0.72まで急落した。婚姻件数の増加などから、2年連続で増加しているが、世界最低水準が続いている。先進国で構成される経済開発協力機構(OECD)の平均1.43を大きく下回り、韓国は加盟国で唯一、1.0に達していない。しかし、韓国では、この危機的状況を打破しようと、企業が大盤振る舞いで少子化対策に取り組んでいる。

子ども1人1億ウォンで出生1.5倍超

2月5日、韓国の建設大手「プヨングループ」が開いた式典には、たくさんの赤ちゃんの姿があった。式典で社員36人に渡されたのは出産祝い金1億ウォン、日本円で約1100万円相当だ。プヨングループでは2024年から、子どもが生まれた社員に出産祝い金を支給している。

プヨングループのイ・ジュングン会長から出産祝い金が授与される(2月5日 ソウル市内)
プヨングループのイ・ジュングン会長から出産祝い金が授与される(2月5日 ソウル市内)

出産祝い金は、第2子以降も制限なく支給される。人事担当者は「第1子を産んでから、第2子も産む文化が根付いてきた」と話す。2026年1月に第2子となる長女が生まれたイ・ユチャンさんは、第1子と合わせて出産祝い金2億ウォン(日本円で約2200万円相当)を受け取った。

2026年第2子が誕生したプヨングループのイ・ユチャンさん
2026年第2子が誕生したプヨングループのイ・ユチャンさん

1月に第2子が誕生したイ・ユチャンさん:
元々、子どもは1人だけの計画でしたが、会社の制度があって2人目を考えるようになりました。会社の支援のおかげで、結婚を考えていなかった同僚が結婚したり、子どもを考えていなかった同僚が出産したりしています。

プヨングループの出産祝い金授与式(2月5日 ソウル市内)
プヨングループの出産祝い金授与式(2月5日 ソウル市内)

プヨングループによると、出産祝い金制度の効果で社内の出生数は右肩上がりで増えていて、2025年の出生数は36人だった。制度開始前の3年間では、1年平均の出生数が23人で、出産祝い金制度の効果で出生数は1.5倍以上となっている。これまでに総額で134億ウォン、日本円で約15億円相当を支給している。まさに大盤振る舞いの取り組みだが、プヨングループのイ・ジュングン会長は韓国全体の出生率が1.5人になるまでは続ける意向を示しているという。

プヨングループのイ・ジュングン会長
プヨングループのイ・ジュングン会長

プヨングループ オ・ウラム人事チーム次長:
イ会長は「少子化が続けば、20年後には経済人口と、国を守る国防人材が不足し、最終的には国家存立の危機に直面する可能性がある」と危機感を抱いています。企業が積極的に取り組み、問題解決のきっかけとなる役割を果たさなければならないという信念で始めました。

出産祝い金制度は、人材獲得にもつながっている。オ氏によると、制度を始めてから採用応募人数が以前までの10倍に増えたという。プヨングループの取り組みを受けて、韓国では、出産祝い金制度を導入する企業が増えている。

不妊治療に最大1000万ウォン

大手金融機関「KB国民銀行」は、出産祝い金に加え、不妊治療への支援も行っている。本人または配偶者が不妊治療を受ける場合、最大1000万ウォン(日本円で約110万円)を支給する。韓国政府は2024年、所得税法を改正し、企業が社員に支給する出産支援金を非課税とした。企業の取り組みを後押しする形だ。少子化対策はもはや国家だけの課題ではなく、企業経営のテーマになりつつある。

筆者は韓国で生活して1年半になる。3歳と1歳の子どもを連れて外に出ると、「ノム イェッポダ(とてもかわいい)」と頻繁に声をかけられる。ベビーカーでバスや電車に乗れば、必ず誰かが手を差し伸べる。高齢の女性から「靴下を履かせなさい」と叱られたこともある。おせっかいとも言えるが、裏を返せば社会全体が子どもを大切にしている証でもある。

もちろん、少子化の要因は単純ではない。韓国では住宅価格の高騰、過度な受験競争、長時間労働、若者の結婚観の変化などが複雑に絡み合う。現金給付だけで構造問題が解決する保証はない。それでも、企業が“当事者”として踏み込み、具体的な資金を投じ始めたことは大きな変化だ。子どもを大切にする社会の雰囲気と相まって、少子化に歯止めをかけるきっかけになる可能性はある。

日本でも政府は「異次元の少子化対策」を掲げるが、企業主導の大胆な動きはまだ限定的だ。少子化は国家の問題であると同時に、企業の持続可能性の問題でもある。その自覚を持てるかどうかが日韓の分岐点になるかもしれない。
(FNNソウル支局 濱田洋平)

濱田洋平
濱田洋平

FNNソウル支局特派員。1988年熊本県生まれ。テレビ西日本で福岡県警キャップ・行政キャップなどを担当、報道番組「福岡NEWSファイルCUBE」のディレクターとして新型コロナにおける医療問題や旧統一教会などを取材。2024年8月から現職。