高市首相の台湾有事を巡る発言で日本と中国の緊張関係が続く中、韓国では中国人の排斥を訴える動きが拡大している。

「チャイナアウト!」と叫びながら夜の繁華街でデモを繰り広げる人たち。街中には反中感情をあおる垂れ幕まで張られる。

さらに、「韓国に来た中国人が殺人と臓器密売のような犯罪を日常的に行っている」と主張をするYouTuberも現れ、警察が捜査に乗り出す事態となっている。韓国社会が「中国ヘイト」に揺れる背景とは。

反中国デモが去年の14倍に

26日夜、韓国・ソウル南部の駅前に太極旗や星条旗を持った老若男女100人近くが集まった。

彼らは保守系の支持者たち。デモを行うのが目的で、傍らには警察官数十人が待機し物々しい雰囲気となっていた。

参加者は「チャイナアウト」や「ビザなし反対」などを訴えながら、駅近くの繁華街を1時間以上にわたり練り歩いた。その光景に、道ばたから冷ややかな目を向ける人がいる一方、「ファイティン!(頑張れ!)」と声援も送る人もいた。

韓国では9月から反中国を訴えるデモがあちらこちらで行われるようになった。

与党「共に民主党」の議員は今年に入り、中国大使館があるソウルの有名スポット明洞(ミョンドン)周辺で反中デモが去年の14倍行われていると先月、明らかにしている。

26日ソウル南部で保守系支持者が行った反中デモ
26日ソウル南部で保守系支持者が行った反中デモ
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反中デモは、去年12月に非常戒厳を宣言した韓国の尹錫悦前大統領が中国による国政選挙への介入があったなどと主張したことから表面化した。9月に中国人団体観光客を対象にしたビザ免除が始まったことで規模が拡大している。

在韓中国大使館がある明洞では相次ぐデモで混乱が生じ、李在明大統領が「めちゃくちゃ」と批判した。現在は警察が明洞周辺でのデモを制限している。

また、中国の習近平国家主席がAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で韓国・釜山を訪れた先月には、「クラッシュ、チャイナ!」と叫んだYouTuberが警察に検挙されている。

先月、APECが開かれた韓国・釜山で「クラッシュ、チャイナ!」と叫んだYouTuber
先月、APECが開かれた韓国・釜山で「クラッシュ、チャイナ!」と叫んだYouTuber

政府が反中デモ対策に苦心する一方で、デモに参加した20代の女性は「中国が私たちを食ってしまうという兆しがあった」と主張する。

また、別の20代の男性は「中国は全世界にあるどの国でも介入して、中国の属国を作る作業をしている」と話した。もちろん彼らの主張に明確な根拠があるわけではない。

さらに、この男性は高市首相の台湾有事を巡る発言について、「私は生まれてから日本がこんなにうらやましいと思ったことはなかった。高市首相は本当によくやっているじゃないか」と話した。

YouTuberと垂れ幕があおる反中感情

反中国を訴える動きはデモだけではない。

ソウル中心部の交差点にかかる垂れ幕には「誘拐·拉致·臓器摘出 母親は怖い!」という言葉の下に、「中国人ノービザ入国中断しろ!」と書かれていた。

「中国人を入国させると犯罪が増える」と根拠のない主張をしたかったのだろうか。韓国では街のいたるところに、それぞれの政党が自分たちのイシューを訴えるための垂れ幕を掲げるのが一般的となっていて、この垂れ幕は自らのスローガンを垂れ幕を使い訴え続ける「垂れ幕専門」の保守系政党「明日へ未来へ」が掲げたものだ。

交差点にかけられた反中感情をあおる垂れ幕
交差点にかけられた反中感情をあおる垂れ幕

垂れ幕にはQRコードも表示されていて、スマートフォンで読み込むと、政党のYouTubeチャンネルに飛ぶ。

そこでは「中国は人身売買と臓器密売をする国」などと「中国ヘイト」が繰り広げられている。驚くべきは、元首相で、保守系政党「国民の力」の代表を務めたこともある人物が作った別の政党も、同様の垂れ幕を掲げていることだ。

反中国を主張しているのは一般市民だけではないのだ。

ソウル警察庁の捜査を受けている韓国人YouTuber(本人のYouTubeチャンネルより)
ソウル警察庁の捜査を受けている韓国人YouTuber(本人のYouTubeチャンネルより)

また、YouTuberによる反中感情を助長する虚偽情報の発信も問題となっている。

登録者数約96万人を誇り日本語で韓国の情報を発信するYouTuberの男性は先月22日、自身のYouTubeチャンネルに「最近ビザなしで入国した犯罪者中国人達の殺人と臓器売買問題がやばい」というタイトルの動画をアップした。

動画の中で、「中国人観光客がビザなしで入国し始め韓国治安が崩壊し、現在まで行方不明者だけで8万人に達する」、「韓国内の下半身だけがある死体が37体発見された。非公開捜査中の事件だけで150件だ」などと主張した。

いずれも根拠のない主張とみられ、韓国メディアによるとソウル警察庁はこの男性YouTuberについて虚偽情報を拡散した疑いで捜査している。

今月21日には行われた任意の取り調べで、男性は「中国人犯罪が実際に増加し危険だと考えた。警戒心を持ってほしくて映像を上げた」と話したという。警察は虚偽情報の拡散で国民の不安感をあおり、社会混乱を招き韓国の国家イメージを傷つけたとみていて、今後も捜査を続ける方針だ。

中国ヘイトで人気のバッジ

「中国ヘイト」が拡大する一方で、韓国を訪れる中国人観光客は増えている。韓国観光公社によると先月、韓国を訪れた中国人は約47万2000人と韓国を訪れる外国人の中で中国が最も多い。

韓国メディアによると明洞エリアの百貨店ではノービザ開始から1カ月で中国人観光客の来店が前年比の2倍近くになったという。

26日 観光客であふれかえるソウル・明洞
26日 観光客であふれかえるソウル・明洞

11月26日の夕方、明洞を訪れると、通りは観光客であふれかえっていて、いたるところから中国語が聞こえてくる。その観光客の中にバッジを付けた人の姿がちらほら見られた。バッジには英語や韓国で「私は台湾から来た」などと書かれている。

台湾から来たことを示すバッジ
台湾から来たことを示すバッジ

韓国メディアによると、バッジは韓国で反中感情が高まる中、同じ中国語を使う台湾の人たちが中国人と誤解されるのを防ぐために広まったもので、台湾からの観光客の間では韓国旅行の必需品となっている。

実際にバッジを付けていた台湾から観光に訪れた女性は「みんな台湾から来たと分かってくれて誤解されることはない」と話した。

陰謀論が助長する社会の不安

筆者がソウルに赴任した2024年8月、タクシー運転手の中年男性から「中国人か?」と聞かれたことがある。日本人であることを伝えると男性は、「中国人は嫌いだけど、日本人は好きだ」と話した。韓国には保守系支持者など中国に一定の嫌悪感を抱いている人たちがいる。

潜在的な中国への嫌悪感が、非常戒厳で浮上した中国による選挙介入疑惑「不正選挙陰謀論」で助長され、社会に混乱を巻き起こしているのだ。陰謀論が社会を混乱に陥れている様子は、今の日本にも共通することだ。

26日ソウル南部で保守系支持者が行った反中デモ
26日ソウル南部で保守系支持者が行った反中デモ

外国人として家族とともに韓国社会に受け入れられ、生活をしている身として疑問に感じるのは、他者を拒絶したり、排除したりして得られるものが社会をよりよくするために必要なものなのかということだ。

10月 韓国・慶州で開かれたAPECでの日韓首脳会談
10月 韓国・慶州で開かれたAPECでの日韓首脳会談

韓国では2019年に日本製品の不買運動が拡大し、ノージャパンの狂風が巻き起こった。当時と同じ革新系政権である今の李在明政権は、未来志向の日韓関係を掲げ安定的な発展を目指している。

排除ではなく理解へ、そんな一歩を踏み出せる社会になることを願いたい。

【執筆:FNNソウル支局特派員 濱田洋平】

濱田洋平
濱田洋平

FNNソウル支局特派員。1988年熊本県生まれ。テレビ西日本で福岡県警キャップ・行政キャップなどを担当、報道番組「福岡NEWSファイルCUBE」のディレクターとして新型コロナにおける医療問題や旧統一教会などを取材。2024年8月から現職。