食の雑誌「dancyu」の元編集長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。
植野さんが紹介するのは「大根の竜田揚げ」。東京・代々木上原にある「きんはる」を訪れ、出汁の旨みが染みた大根に、もっちりとした衣の食感で箸も酒も止まらない一品を紹介。
下町出身の店主が独自の感性でつくる料理と、親しみやすい店づくりにも迫る。
超激戦区・代々木上原の創作和食
渋谷区・代々木上原駅周辺は、東京でも特にフレンチやイタリアンが多いエリアで知られ、新旧がしのぎを削る超激戦区の一方で、昔から変わらない風景も。
小田急線代々木上原駅から徒歩2分の場所に、2011年開店の「きんはる」がある。

開放感のある店内はカウンターとテーブルで全24席、壁のイラストにもつい和んでしまう、手作り感のある暖かい雰囲気だ。
厨房に立つのは店主、田中健一さん。代々木上原という立地に合わせ、ヘルシーかつ上品な味を目指して料理を作っている。
ホール担当は共同経営者の植野風夏さん。名物「炙り揚げ塩鯖弁当」の調理から、有名百貨店での販売まで、元気いっぱいにこなしている。
昼はサラダバー夜はおでんと串揚げ
店は毎日昼と夜に営業している。ランチタイムには数種類の定食を用意しているが、それに加えて「サラダバー」も設置。ドレッシングやトッピングの種類も豊富で客に喜ばれている。

そして、夜にもなると酒好きが集まってくる居酒屋に。旬の魚や野菜を活かした料理が楽しめる。

中でも「おでん」は、「きんはる」の看板メニュー。ゆっくり味をしみこませたタネを注文ごとに温め提供。煮込みすぎて出汁の色が濃くなるのを防ぐために、このスタイルをとっている。

もう一つの看板メニューが串揚げ。ホタテの雲丹醤油がけやあんバターなど、「きんはる」ならではのラインナップ。仕入れ次第で毎日変わるお刺身など、酒のすすむメニューが目白押し。「きんはる」を愛する人たちが昼夜を問わず集まってくる店だ。
店の前の掃除をきっかけに…繁盛店へ
上野出身の店主・田中健一さんは、代々木上原とは特に縁のない青春時代を過ごした。
前職は「6、7年くらい着物をやっていた。せっかく日本に居るんだったら和の文化を学びたいということで…」と田中さん。

若者をターゲットに「洗える着物」や「トランプ柄の着物」などを企画し、これが大ヒット。その結果に満足した田中さんは「“居・食・住”をやりたいなと。やったことのない“食”を30歳になるまでにやりたいと思いまして、なぜか築地に飛び込んで行って…」と話す。
築地の青果部門で野菜の知識を深めたのち、飲食店で修業。そして2011年、31歳で「きんはる」を開店した。
代々木上原に決めたのは、たまたま空き物件があったから。「飲食って簡単にできると思っていました。ただあまり上手くできなくて…お客さんが1日に2~3人とか、ゼロの日もあり、『これは危ないな』と思い、朝7時から翌朝4時まで1年間、3人で回していました」と苦労を振り返る。
無茶を承知で始めたものの、客足は伸びない。だが、料理やサービスとは関係のないところが評判になったという。
「お店がずっと電気が点いていたので、店の前の通りがきれいになったと。それから、近所の方がランチに来てくれて、どんどん伸びていきました」と、店の前の掃除を怠らなかったことがつながったと語る。間もなく15周年、「きんはる」は地元の人に愛される大切な一軒になった。

本日のお目当ては、「大根の竜田揚げ」。
一口食べた植野さんは「衣が少しもちっとしていて、さざ波のような美味しさの出汁なので、大根の味をしっかり味わえる、出汁の美味しさも出てくる。加減がすごくいい」と感動していた。
