長崎は被爆80年の原爆の日を迎えた。平和祈念式典で長崎市長は核戦争に突入する危機感を訴えた。
「争いではなく、対話の中で世界がひとつ」
信徒約8500人が原爆の犠牲になった長崎・カトリック浦上教会では、午前6時からミサが行われた。

参加者は「核兵器がなくなって平和な世界になるように、と祈りました」と話した。

長崎市の平和公園では、夜明け前から手を合わせる人の姿が見られた。4歳で被爆した被爆は「争いではなく、対話の中で世界がひとつになるように祈った」と語った。

また、祖父が被爆者という被爆三世は「被爆者から聞いた話を、自分たちができることをして伝えていくことだと思う」と決意を語った。
2650人が参列して「平和祈念式典」
平和公園では平和祈念式典が行われ、被爆者や遺族のほか、94の国と地域の代表など2650人が参列した。

式典では、この1年間に新たに死亡が確認された3167人の名前が記された原爆死没者名簿が奉安された。(※計20万1942人)

水を求めながら亡くなった犠牲者を悼み、長崎市内5カ所で採水された清らかな水が捧げられた。

そして原爆投下時刻の午前11時2分には、参列者が黙とうを捧げた。

被爆80年となる2025年、浦上教会にあった原爆で破壊された鐘が復元され、80年ぶりに2つの鐘が打ち鳴らされた。
「人類存亡の危機が…」平和宣言で市長が危機感訴える
鈴木市長は「平和宣言」で、即時停戦と核兵器廃絶を全世界に向け呼びかけた。

鈴木史朗 市長:このままでは、核戦争に突き進んでしまう―。そんな人類存亡の危機が、地球で暮らす私たち一人ひとりに、差し迫っているのです。

「平和への誓い」は最高齢93歳の被爆者だ。
被爆者代表 西岡洋さん(93):絶対に核兵器を使ってはならない、使ったらすべてがおしまいです。
被爆者の平均年齢は86.13歳
被爆者の平均年齢は86.13歳となり、「参列するのは今年が最後」と話す人もいた。

96歳の被爆者は「同じく生きているのに、上の方たち勝手な判断で(戦争が)あるのは残念」と話し、日本被団協の浜中紀子事務局次長(埼玉県在住)(※浜はまゆはま)は「被爆二世、三世には引き継いでいってほしいと思うが、最後はあと10年持つかどうかで私たちはいなくなるわけなので、ぜひ、そういう気持ちになってほしい」と語った。

長崎を最後の被爆地に。長崎のまちは一日、深い祈りに包まれる。
首相は被爆者団体の要望受けるも「時間切れ」
平和式典に参列した石破首相は原爆資料館を視察後、被爆者団体からの要望を受けた。

要望では被爆者4団体と、3つの被爆体験者の団体が、核兵器廃絶や被爆者援護の充実、特に被爆体験者問題の速やかな解決を求めた。
時間は30分だったが、石破首相と2人の閣僚などがあわせて22分話し、時間切れとなった。

被爆体験者 岩永千代子さん:去年と違ってえらい厳しいなと。もう少し…意味がよくわかりませんけど、聞く時間を設けてもらいたかった。

石破首相は長崎での会見で、核兵器禁止条約へのオブザーバー参加を改めて否定した。
石破茂首相:核兵器国を巻き込んで議論をしないと核の廃絶はできません。核保有国も参加しているNPT(核拡散防止条約)の中において、究極的には核の廃絶を進めていきたい。
(テレビ長崎)