どこかにしまっておいた「レコード」は今が“チェック時”だ。思っているよりも高い価値があるかもしれないからだ。
アメリカでは昔の日本のレコードの人気が沸騰している。
普通のものでも60ドル(約9000円)ほど、人気があるものだと150ドル(約2万2500円)以上にもなる。アーティストのサイン入りのアルバムは1000ドル(約15万円)を超えるのが現状だ。
価格高騰の背景にあるのが日本の「シティーポップ・ブーム」。
その現状を取材した。
「シティーポップ」とは?
シティーポップとは、主に1980年代から1990年代に日本で人気のあったポップ音楽で、山下達郎さんや竹内まりやさん、杏里さんなどが代表的なアーティストとして名を連ねる。
ファンクやジャズ、ソフトロックの要素を取り入れ、「恋愛」や「夜の街」、「都会での生活」などをテーマにした歌詞が多いのが特徴だ。
これまで海外ではあまり知られていなかったジャンルだったが、状況が変わったのは2017年。竹内まりやさんの1984年の曲「プラスティック・ラブ」をファンがカバーした約8分の動画がYouTubeに投稿され、この動画がSNSを通じて世界中に広まり、大きな話題となった。
このリバイバルで驚かされるのは、人気に火がついたのが日本ではなく、アメリカや海外だという点だ。また、昔からのコレクターではなく、10代や20代の若い人たちからの需要が高く、彼らは1枚のシティーポップのレコードに60ドル(約9000円)以上を出すこともいとわない。
「我々が一番、ビックリしています」
この現象の実態を探ろうと、ニューヨーク市ブルックリンにある若者に人気のエリア「ウィリアムズバーグ」のレコード店を訪ねた。
7年前に店舗を構えた「フェイスレコードNYC」は日本の中古レコードを仕入れ、アメリカのコレクターや音楽ファンに販売している。マネージャーの間宮祐一さんに話を聞いた。
―――日本のレコードへの関心は?
「オープンしたての時はまだレコードブームがなくて、そんなに売れなかったんですけれど、コロナ(禍)ぐらいからとても売れるようになりました」
「シティーポップのブームが来る前は本当に10%ぐらいの売り上げだったんですけれど、シティーポップ・ブームとジャパニーズフュージョン・ブームが来てから、今だと8割方が日本のレコードで2割が他のレコードで、逆転しました」
―――シティーポップを購入するのは主にどのような人?
「やっぱり10代、20代、30代の方はとても多いですね。若い方がメインなっています」
インタビュー中、間宮さんはカウンターの後ろに手を伸ばし、今一番人気だというギタリストの高中正義さんの1976年のアルバム「SEYCHELLES」を取り出した。
「これは…めちゃくちゃ高いです。150ドルぐらい(約2万2500円)…大人気です」
なぜシティーポップが人気なのか。
「何でですかねぇ…やっぱり日本でしか作れないような音楽で…キャッチーなんでしょうね。ギャル文化とか日本独自の文化を今の若い人たちがクールだと思っているんだと思いますね」
「正直、我々も想像していなかったので…シティーポップのブームくるなんて多分うちの会社の人も誰一人、想像していなかったので、たまたま運がよくやれたという感じで」「我々が一番、ビックリしています」
取材中、何人もの客が店を訪れた。ある若い男性客は店内を少し見渡し、しばらくしてから日本のジャズ・フュージョンのバンド「カシオペア」が1982年に出したライブアルバム「Mint Jams」を、約70ドル(約1万500円)で購入した。
男性にシティーポップの人気について聞いた。
「ニューヨークで、ここまで広がるとは思っていませんでした。特に、SNSの影響が大きいと思います。私が音楽を聴いていると『この人は誰ですか?』『いまの、高中正義ですか?』と声をかけられることがあり、嬉しくなります」
ネオンライトがいざなう…80年代の日本にタイムスリップ
「シティーポップ」の恩恵を受けているのはレコード店だけではない。
マンハッタンにほど近い、クイーンズの「ロングアイランドシティー」にひっそりとたたずむ台湾料理店がある。
5席ほどのカウンター席しかなく、深夜になると狭い店内によく行列ができている。しかし、奥の壁にはシティーポップを知っている人ならすぐにわかる看板がかかっている。
看板には、「56709」の数字。
シティーポップをよく知らない人には暗号のようだが、ファンならこれが大橋純子さんの1981年の曲「テレフォン・ナンバー」の歌詞だとわかる。曲は心地よいリズムにのってこの「電話番号」が繰り返される。
看板をくぐり、意図的に隠されたような扉の向こうに足を踏み入れると、薄暗いネオン、イキゾチックなカクテル、そしてシティーポップの音楽はもちろん、それにまつわるアートや品々が集まる異次元空間に迷い込んだ気分になる。
ここが、シティーポップをテーマにしたカクテルバー「56709」だ。スタイリッシュで雰囲気があり、イメージは「80年代の新宿のカクテルバー」。
日本人の親戚がいるオーナーのハオラン・チェンさんは日本の音楽の熱心なコレクターで、6月にここをオープンさせた。
―――客の反応は?
「これまでの反応はいいですよ。シティーポップをめぐってはオンラインコミュニティーがありますが、実際に人が一緒になって好きな音楽を聴き、レコードを目で見て、音楽について話せる場所はここ以外ないので」
―――ここでこうしたコミュニティーが作れることについてどう思う?
「とてもいいことだと思います。私はニューヨーク市で育ったのですが、子供の頃はみんな西洋のポップしか聞いていませんでした。だから今、アジアの音楽がかっこいいと認識され、シティーポップもその一つとして受け入れられているのはうれしいです」
―――客層は?
「アジア系ではないお客さんが多いです。多くは20代後半から30代前半ですね」
「面白いと思ったのは、日本人のお客さんがあまり来ないことです」
―――シティポップのどんなところが若い人に響くと思う?
「とても自由な感じがして、音楽をかけ、没頭して聞いていると別世界に“テレポート”する感覚。現実から離れて本当にリラックスできるんです」
店内のテーブル席では、若いカップルが音楽に合わせて静かにリズムをとっている。
―――好きなシティーポップの曲は?
「『ステイ・ウィズ・ミー』が一番好き!」
女性は即答だ。一方、一緒にいた男性はシティーポップ初心者。
すると、合図したかのように店内には松原みきさんの「真夜中のドア~stay with me」(1979年)がスピーカーから流れ始めた。男性に感想を聞くと…
「R&Bやスムーズな音楽が好きですが、似た雰囲気は感じます。とてもいい…こういうのは好きですね。異なる文化を知ることもできるので、私は色んな音楽を聴きますが」
「シティーポップ」はアメリカの人たちに、日本の音楽のみならず、様々な文化の扉をたくさんあけてくれそうだ。
【執筆・取材:FNNニューヨーク支局 ディエゴ・ベラスコ】
