長野市の善光寺。「一生に一度は善光寺参り」とも言われ、創建以来約1400年の歴史を刻み、無差別平等の救済を説く寺として親しまれてきた。善光寺大勧進の栢木寛照貫主と、直木賞作家で軽井沢町在住の村山由佳さんが、善光寺大勧進(天台宗)で、「戦後80年」の節目にあらためて「平和・自由・幸せ」を語り合った。
戦後80年の節目に思うこと
2025年は戦後80年の節目。日本は戦争のない平和が続いてきたが、世界に目を転じれば戦争や紛争が絶えない。また、SNSなどで過激な言葉が生まれ、「分断」や「生きづらさ」すら感じる時代になっている。
栢木貫主は「日本人は、区切り、節が好きな民族ではないか」と前置きし、「過去を思い起こし、再び過ちを犯さない。また幸せをそのまま継続していける。いろんなことを交差しながらこの1年を過ごしてきたのではないか」と語った。
一方、村山さんは「昭和39年の生まれですから、まだ周りに戦争の記憶を色濃く持っている人たちがたくさんいた」と振り返り、「今80年目にもなるともうほとんどいらっしゃらない。そうした危機感みたいなものをここ10年ぐらい抱き続けてます」と懸念を示した。
戦後の記憶
栢木貫主は1946年滋賀県生まれ。戦争は経験していないが、戦後の名残りは覚えている。「朝鮮戦争が始まって、B29という飛行機が編隊を組んでゴーっと空を飛ぶんですね。戦争経験はありませんけども、みんなが隠れましたね」と子ども時代の記憶を語る。
村山さんの父親はシベリア抑留を体験。「父は話をしてくれた方だったんですね。満州建国大学に入って、結局卒業しないまま兵隊に取られてしまった」と父の体験を語る。父からは強制労働の話や、友人の死など過酷な体験を聞いてきたという。
戦争を伝える使命
村山さんは父の体験をもとに「星々の舟」を執筆し、第129回直木賞を受賞した。作品の最終章では、戦争に取られた男性と、朝鮮国籍の慰安婦であった女性の物語を軸に描いた。しかし、「『赦されるのを前提に謝ることを、詫びとはいわない』って書いたんです。そしたら『今度の直木賞作家は売国奴』って書かれ、悔しかった」と振り返る。
しかし、「ここでしょんぼしているわけにはいかない」と村山さん。「父の言葉を聞き、そして若い人に受け渡すことのできる真ん中の世代だから、その私がそれについて書かないっていうのは怠慢だなと思うようになって」と、戦争について書き続ける使命を感じているという。
栢木貫主は「世界の宗教のほとんどの戒律が、『汝 殺してはならない』」であり、宗教者としての役割を語った。また、栢木貫主は、40年以上にわたってサイパンに自費で子供たちを連れて行き、平和の尊さを知ってもらう「子どもたちの平和教育」活動の意義を説いた。
いま感じる危機
村山さんは現代の状況を「ゆでガエル理論」に例える。「水の中にカエルがいる、最初は非常に心地よい。だんだんだんだんその下に火が燃えてきて、ぬるま湯になっていく。まだ別に苦しくない。だけれども、それが煮えていった時に自分は生きていられないわけですよね。それがどこでやめろと言えるのか」
また、亡き父の教えとして「権力とは、絶対に見張らなければならないもの」と述べ、「水はいきなり煮え湯にならない。どこかの時点で火を消し止めることはできなかったものか...と、後になって振り返ればきっと思うのだろう」と語る。
栢木貫主は、今の世の中で「自由の意識の履き違えが多い」と指摘。「何でも自由だと。自分の思いのままになることが自由の社会なんだ」という考え方を問題視し、「複数の人間が社会で生きていく以上は、やっぱり我慢しなければならないことがある」と述べた。
そして「仏教の根本、『利他の精神』の大切さ」を栢木貫主は強調する。
信州での暮らしと創作
村山由佳さんは2010年から長野県軽井沢町に拠点を移した。「四季が本当にはっきりしている」と信州での暮らしを語る。「東京を離れたことで、地に足つけて物を書くことができるようになった」と創作環境の変化も実感している。
「東京にいた頃は本当に軽佻浮薄なもの。それはそれで確信犯的に書いておりましたけれども、例えばその評伝小説や、人の心の暗がりにドスンと向き合うようなものだとかは、長野で毎日の生活を大事にするようになってからきっちり書けるようになってきた気がしています」
11月末に発売された新作「しっぽのカルテ」は、信州の動物病院を舞台にした物語。「ちょっと変わり者のポンコツだけどすご腕の女性院長先生が、運び込まれてくる動物だけではなくって、飼っている人の心も、癒やしたり、ちょっと刺激を与えたり」というような心に響くストーリーだという。
次代へのメッセージ
2人は次世代への思いを語った。
村山さんは「幸せっていうものはとにかく待っていても手に入らないもの」と述べ、「日々の努力がない限り平和も幸せも何もその保たれては行かない」と強調。「間違っているものに対しては間違っていると言わなければいけないし、その勇気を自分の中に飼っておかなくちゃいけない」と訴えた。
また「物語は、時にノンフィクションとやドキュメンタリー以上に力を持つ時がある」とし、「ささやかでもいいから私自身の生み出す物語で、読んだ人がちょっとした気づきに到達することができたり、ちょっと救われたり、ちょっと生きやすくなったりすればいい」と創作への思いを語った。
栢木貫主は、あらためて「利他の精神」を強調。「地球の自然、海が7割、陸が3割です。そのように、7割は人の幸せを願い、3割自分の幸せを求める」と独自の理論を展開。「相手が幸せでなければ自分も本当の幸せにならない」と語った。
戦後80年の節目に、平和と人間の心を深く見つめ続けてきた二人の対話から、平和・自由・幸せの本質と、次世代へ繋ぐための知恵が浮かび上がってきた。
NBS長野放送特別番組「平和・自由・幸せとは-戦後80年に語る」(2025年12月30日放送)より
