心配ごとと楽しみなこと、感情価は真逆だけれど、ともに顕著性が高い情動によって眠れなくなるという、よくある事例だ。
同じように、「眠れないかもしれない」「ちゃんと眠らなきゃいけない」と意識をすればするほど、不眠に対する不安や恐怖が顕著性の高い情動となり覚醒を促す。

また、寝つけないときに無理に寝ようとして、「眠れない体験」をすると、眠れない体験が「眠れない学習」となってしまう。
とくに、ふだん寝ている部屋で眠れない体験をすると、「寝室=眠れない苦しい場所」と刷り込まれ、以降、「今日も眠れないかもしれない」という不安が深層心理の中に生じる。
すると、脳は「寝室=眠れない場所」という学習をしてしまう。
寝室やベッドを眠れない部屋/場所にしてはいけない。眠れないとき、寝室やベッドからいったん離れたほうがいいのはそのためだ。
どうせ眠れないのであれば、別の部屋に移って、眠くなってからスムーズに入眠できる状態で寝たほうがよい。
睡眠へのこだわりが不眠を生む
本来、睡眠は脳が自律的にコントロールしてくれる機能である。「どうやったら、いい睡眠がとれるのか?」と考えることは、「どうやって腸を動かしたらいい消化ができるのか?」「どうやって心臓を動かすといい循環にすることができるか」と悩むのに似ている。
端的に言えば、「気にしすぎ」なのである。
野生の動物は睡眠に対して悩んだりしない。ヒトの赤ちゃんもそうだ。大人だってよく眠れている人は枕の硬さや大きさ、寝具の素材などにこだわらない。
「良質な睡眠」を意識することなく、眠ることができるし、朝、覚醒できる。よく眠ろうと思えば思うほど、理想の眠りは遠くなる。

「質のいい睡眠をとりたい」と強く意識する人ほど、眠れなくなるという皮肉があるのだ。
厚生労働省の調査(令和3年『健康実態調査』)によると、入眠や中途覚醒、日中の眠気を含め、「睡眠に問題がない」と回答した人は全体のわずか8%。他方で、5~6人に一人が睡眠の質に不満を抱えていると回答している。
実際に問題があるから睡眠に不満をもつ人が多いわけだが、ただ、睡眠への過剰なまでのこだわりも問題を引き起こしているのではないかと思う。
昨今の「睡眠ブーム」が睡眠不安や睡眠恐怖を煽(あお)っている側面も否定できない。
不安や恐怖を自らコントロールできる人はいないし、「意識するな」と言われて、意識しないようにすればするほど意識がいってしまうものだ。
難しいことではあるけれど、睡眠に悩みをもっている人は、「眠れない」「いい睡眠がとれていない」ということに対して、過剰に関心を向けすぎないことがいちばんだ。

櫻井武
筑波大学医学医療系教授、国際統合睡眠医科学研究機構副機構長。医学博士。睡眠研究の第一人者。著書に『「こころ」はいかにして生まれるのか 最新脳科学で解き明かす「情動」』『睡眠の科学 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか 改訂新版』『SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか』(すべてブルーバックス)など