イギリスを国賓として公式訪問している天皇皇后両陛下は、馬車でのパレードやバッキンガム宮殿の晩餐会などに臨まれ、歓迎ムードに包まれた。
現地ではロンドン警視庁などと協力して、出発から両陛下の護衛にあたっているのは、皇宮警察本部の皇宮護衛官だ。皇居の警備などにあたる護衛官に話を聞いた。
この記事の画像(19枚)6月22日、両陛下は皇居を出発して、羽田空港から政府専用機でイギリスに向かわれた。両陛下が乗られる車の助手席に座り、羽田空港でもすぐ近くで警戒にあたっているのは、両陛下や皇族方のもっとも近くで護衛する「側衛官」と呼ばれる皇宮護衛官だ。
こうした外国訪問のほか、全国植樹祭などへのご出席や被災地を訪問される際は、側衛官が派遣されて警戒にあたっている。プライベートで皇族方が行かれる登山やスキーなどにも同行する。
久子さまとの出会いで側衛官を希望
皇宮護衛官になって4年目の千葉大夢さんの将来の希望はこの側衛官だ。
たまたま皇室とゆかりの深い学習院大学に合格して、運動系の部活に入った。亡くなられた高円宮さまが学生時代、その部に在籍していたことから妃殿下の久子さまが名誉会長を務められていた。
久子さまが何回か見学にこられたときに、黒いスーツ姿の側衛官の目立たないようにしながらも機敏に動く姿をみて憧れたという。
千葉大夢さん:
大学1年のときに初めて久子さまにお会いして側衛官の仕事を知りました。しっかりとお守りしつつ、監督や部員とのやりとりの邪魔はせず威圧感も抑えていて、皇族と国民の架け橋を崩さないというバランス感覚があると思いました。大学も部活も皇室を意識して入った訳ではありませんでしたが、“たまたま”が重なって今に至っています。
現在は皇居内の坂下護衛署で、皇居の坂下門など門の警備や護衛署での通信指令を行っている。4日に1度のペースで24時間勤務があるが、夜のほうが静まりかえっていて、周りも見えにくいので緊張感があるという。
千葉大夢さん:
どんな人が来ても皇室のイメージを損なわないように、丁寧な言い方で対応するようにしています。
また警視庁などと人事交流をしていて、千葉さんも1年間、交番勤務を経験した。暴れる不審者を同僚数人で止めたことや、いきなり殴られそうになることもあったという。
千葉大夢さん:
交番は道案内など含めていろいろな人が入ってきます。受傷事故を防ぐために相手と一定の距離感を保つことも学びました。
陛下からねぎらいのお言葉も
千葉大夢さんは「門の警備をしている時に、皇居内を散策される陛下からねぎらいのお言葉を聞くと、私たちを気にしてくださっていると思うし、仕事のやりがいを感じます」と話し、今は昇任試験の合格を目指して勉強もしているという。
皇居にある皇宮警察本部は両陛下や皇族方の護衛、そして皇居や赤坂御用地、京都御所などの警備を専門に行う警察組織だ。
警察庁の附属機関で、職員は「警察官」ではなく、「皇宮護衛官」と呼ばれる国家公務員となる。明治時代に当時の宮内省に設置され、約140年の歴史を持ち、皇宮護衛官約900人のうち、女性は100人余りいる。
皇居ではそれぞれの門の警備や皇居内は皇宮護衛官、その外側は警視庁の警察官が警備している。また皇宮護衛官の警笛のつり紐の色はワインレッドで「いつわりのない心」を表しているという。
同じく4年目の大平七瀬さんは、上皇ご夫妻や秋篠宮ご一家のお住まいがある赤坂御用地の警備にあたっている。
大学時代に神社の巫女のアルバイトをして神社の行事に関わり、皇室に興味をもつようになったという。また警視庁主催の街頭補導のボランティアにも参加して、皇室と警察活動の両方に関われる仕事をしたいと思うようになり、皇宮護衛官の道を選んだ。
大平七瀬さん:
赤坂御用地周辺は青山通りの買い物客や、国立競技場や神宮球場からの人の流れもあって門の警備をしていても都会の空気を感じられます。道案内も多いし、楽しく仕事に取り組めています。
初心を思い出してモチベーションを
大平七瀬さんは「夜の門の警備でふと夜空を見上げた時は、皇宮護衛官になりたいと思った初心を思い出して、モチベーションをあげています」と話す。
秋篠宮妃紀子さまや佳子さまからねぎらいの言葉をかけられることもあるという。
大平七瀬さん:
無線の声は女性のほうが聞きやすいと言われていて、通信指令を任せられる女性も多くいます。女性にとっても働きやすい環境だと思います。
今は通信指令の競技会での優勝を目指していて、ゆくゆくはパトカーに乗車して、皇居や御用地の警備にあたりたいと話す。
皇宮警察本部に隣接して「済寧館」(さいねいかん)という明治時代から続く歴史のある道場がある。これまでも陛下が観戦される柔道や剣道などの天覧試合が行われてきたが、皇宮警察には警視庁など他の都道府県警察にはない武道がある。それが弓道だ。
根本百合子さんは国体の東京代表として優勝経験もある実力者だ。天皇ご一家が静養される那須御用邸に近い栃木県那須町出身で、父親の影響で高校から弓道を始めた。
弓道に打ち込む決意
最初は弓を強く感じてうまく引けなかったが、練習を重ねてインターハイにも出場した。だが3年生の時に優勝候補と言われながら自分の調子が悪くて惨敗したことをきっかけに、「これでは終われない」と弓道に打ち込む決意をしたという。
北海道の大学に進学して実力を磨き、公務員志望だったこともあり、弓道場があって競技を続けられる皇宮警察に進むことにした。
ところが大学を卒業し、採用直前だった2011年3月、実家に帰省している時に東日本大震災が発生し、福島第一原発事故の影響で、当時実家で営んでいた酪農ができなくなった。根本さんは東京に行ってもいいのか迷ったという。
根本百合子さん:
その時、父が「ここにいても何も変わらないから」と背中を押してくれました。
弓道は28メートル先の肩幅ほどの的を狙う。試合では2本1組の矢をあわせて4本引いて、何本当たったかを競う。
根本百合子さん:
的に当たっても外れても顔には出さないし、ガッツポーズもしません。何があっても動じないことが大切で、仕事にも通じると思います。弓道を続けることでメンタルが強くなりました。
普段は吹上護衛署で署内の業務にあたっているが、一般公開している皇居東御苑に派遣されて、トラブル対応や外国人観光客の道案内をすることもある。東御苑で6月に行われた皇宮警察音楽隊のコンサートでは司会も任された。
弓道の試合がないときは、勤務のあと週に数回、2~3時間練習する。
根本百合子さん:
弓道は好きなことだし、仕事でもあるので一生付き合っていきたいと思います。
これからも国体を目指しながら、若い部員も増えているので、後輩を育てていきたいと話す。
取材の日も4本の矢を引いて、見事3本が命中した。1本目が外れた後、調整したそうだ。
根本百合子さん:
きょうは70点です。「正射必中」正しい形をつくれば必ず当たると思っています。
弓道部の後輩で赤坂護衛署の橋本郁也さんも弓道を続けるために、皇宮護衛官となった。
橋本郁也さん:
弓道は中学1年からやっていて、済寧館で弓道をすることは名誉だと思っていました。
根本さんのことはインターネットのニュースで国体優勝の皇宮護衛官がいることを知り、自分も同じように打ち込みたいと思ったという。
橋本郁也さん:
弓道に男女別はないので、みんな平等で実力次第です。根本さんは技術もあって試合にも強い。自分の目標ですが、いつか乗り越えて最高峰の天皇杯をとりたいと思っています。
何もない状況でも平常心を保つ
道場で弓道を教える百々忠利さんは「弓道と皇宮護衛官の仕事」についてこう話す。
百々忠利さん:
皇宮護衛官は、一般の警察官のように犯人の逮捕やトラブルの対応をすることは、多くはありません。常に守りの警備をしています。何もない状況でも平常心を保つ気持ちの強さ、忍耐力が必要で、自分との戦いです。だからこそ、そこに通じる弓道が正課になっているのだと思います。【フジテレビ解説委員室 特別解説委員 青木良樹】